デジタル庁 人事採用担当
斉藤 正樹さん(@saito3_dx)
早稲田大学を卒業後、メーカー営業や人材紹介企業を経て、IT領域をはじめとする採用支援サービスや人事コンサルティングを提供する会社を設立。現在は同社の代表と並行してデジタル庁の人事採用担当リクルーターを兼務
2021年9月にデジタル庁が発足した。同年1月の第一次職員募集では1432人もの応募が殺到。発足時にはCXOにグリーCTO・藤本真樹さん、CPOにラクスルCPO・水島壮太さんが就任したことでも話題になった。
「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。」
この壮大なミッションを掲げるデジタル庁で、エンジニアはどんな仕事に取り組むのか。
採用担当を務める斉藤正樹さんに、デジタル庁が挑む課題や、これから求められるエンジニア像を聞いた。
デジタル庁 人事採用担当
斉藤 正樹さん(@saito3_dx)
早稲田大学を卒業後、メーカー営業や人材紹介企業を経て、IT領域をはじめとする採用支援サービスや人事コンサルティングを提供する会社を設立。現在は同社の代表と並行してデジタル庁の人事採用担当リクルーターを兼務
――「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。」というデジタル庁のミッションについて、具体的にはどのような姿を目指していますか?
誤解されがちですが、「誰一人取り残さない」は「スマホを持っていない年配の方やITが苦手な方でも使えるようにする」という意味合いではありません。
また、「デジタル化」も、全てをデジタルに移行する未来を目指しているわけではない。私たちが必要だと考えているのは、アナログな部分を丁寧に対応するための業務効率化です。
特にコロナ禍では、ワクチンや給付金対応など行政の現場は相当慌ただしく動いています。突然イレギュラーの業務が降ってきて、それをみんなで目視でチェックして……と、多大な負荷が掛かっている。
そのような現状に対し、デジタル化を進めて効率化をすることで、職員が本来時間を割くべき来所者対応をより丁寧にできるようにすること。役所の職員が来所者の話を聞き、相談に乗ることにより時間をかけられるようになること。
そういう状態を実現するのが「誰も取り残さない優しいデジタル化」だと思っています。
――デジタル庁のミッションが実現に向かっていくと、民間で働いているエンジニアにはどのような影響があると思いますか?
現実と理想、それぞれお話ししましょう。
まず現実の話としては、例えば令和7年から全国で約1700ある地方自治体で、業務の標準化を開始します。帳票や裏側で保持するデータ、その管理方法など、これまで役所ごとに異なっていた業務の標準化を少しずつ進めていく。
各自治体のシステム開発に入り込んでいるSIerは相当数ありますが、これまでエンジニアの皆さんの苦労は大きかったと思います。
新しくシステムを導入する際はデータを引き入れ、現在の自治体の業務に合わせて開発をするわけですけど、業務水準や帳票のアウトプットの仕方など、自治体ごとに違うわけです。
ある自治体のベストプラクティスを知っていても、それを別の自治体にフィットさせるのにかなりの開発工数を見積もる必要があった。場合によっては実現が難しいこともあり、エンジニアの方にとって、もどかしいことだったと思います。
こうした現状は、業務の標準化を実現することで解消されるはずです。システムとして提案できることや、効率化を考える余地が増え、「もっとこうしたらいいんじゃないか」というアイデアから改善もしやすくなる。
より本質的な「システムの価値を高める」部分に向き合えるようになると思います。
――ベストプラクティスをあらゆる現場で応用できるようになれば、課題解決のための手数も増えそうですね。
ええ。もう一つの理想の話は、オープンデータです。海外では政府がAPIを解放し、それをもとにサービス展開をするベンチャーも出てきています。
一方、日本はまだまだオープンデータとして提供できるものに網羅性がなかったり、ドメインが限定されていたりと壁がある。個人や法人、土地、建物、資格など、あらゆるものがバラバラに管理されていて、データがうまく紐付いていない課題もあります。
そのような現状に対し、デジタル庁ではベース・レジストリ(※)の整備に取り組んでいます。個人情報保護を重点的行うことが大前提ですが、それらのデータを整備することで、一部オープンデータも出てくるでしょう。
※ベース・レジストリ
公的機関等で登録・公開され、様々な場面で参照される、人、法人、土地、建物、資格等の社会の基本データであり、正確性や最新性が確保された社会の基盤となるデータベース
(参考記事)ベース・レジストリの指定について
――オープンデータによって、何ができるようになるのでしょう?
例えば、シビックテック(※)がやりやすくなります。これまでも震災時に民間のエンジニアの皆さんが避難所情報をマッピング化するなどの動きがありましたが、オープンデータがあれば「アイデアはあるけど、データがなくて実行できない」ことが減っていく。
オープンデータによって、さまざまな分野で思いがけない発展があるかもしれません。IT企業の取り組みもよりスピードアップするでしょう。それはエンジニアの皆さんにとって、楽しみな世界なのではと思います。
※シビックテック
市民が主体的に行政と連携し、テクノロジーを活用して社会課題を解決したり、生活の利便性を向上させるための取り組み
(参考記事)デジタル庁とシビックテック
――現在はどのようなプロジェクトが進んでいるのでしょうか?
デジタル庁にはおよそ1000のプロジェクトが存在しています。
そうした中で、2021年4月以降に民間から採用された人材は百数十名ほど。今は多岐にわたるプロジェクトを進めるための最低限の人数を集めている段階です。
――具体的に、どんなプロジェクトが進んでいますか?
例えば、プッシュ型で配る給付金の仕組みづくり。
このプロジェクトはわれわれにとって急務ですが、先述した地方自治体の業務標準化は1000を超えるステークホルダーが絡みますので、まずは丁寧に業務標準をつくる必要があります。
他には、各省庁のセキュリティーの状況をひも解き、標準化に向けたリサーチを地道に進めていく長期プロジェクトもあります。
防衛や警察などでセキュリティーの度合いが異なることから、各省庁の情報システム部門は独立して存在しています。
その結果、例えばビデオ会議システムが省庁ごとに異なり、省庁を超えたコミュニケーションの壁になる課題が発生している。省庁職員のPCや業務アプリケーションの統一化は早々に実現し、縦割りから横で共有する世界をつくっていかなければいけません。
インフラに関しても、さまざまな大規模システムの中にはオンプレで動いているものもあれば、これからクラウドへの移行を検討しているものもあり、対応が必要ですね。
――エンジニアが「デジタル庁で働くからこそ」経験できることは何でしょう?
最難関のDX案件にチャレンジできることです。
社会全体でDXが注目され、伝統的な大手企業はリーダーシップがあるIT人材を採用し、業務変革を起こそうとしています。
長く勤めているプロパー社員の中には反発する人もいるでしょうし、組織が大きいほど各種部門をまとめ上げる工数も掛かる。その中で決裁を通す苦労があります。
それをもっと大きな「国」でやろうとしているのが、デジタル庁です。
省庁をまたぎ、法的根拠がある各業務を乗り越えて、ようやく効率的な世界が実現できる。デジタル庁で何かしらのプロジェクトを成功させた人の「DXプロフェッショナル」としてのバリューは非常に高いでしょう。
――「DXの第一人者」のポジションが狙えそうですね。
例えばベース・レジストリに携わる場合、これほど大きく複雑なデータを扱う経験は他にありません。国内サービスはユーザー数1億人が限界ですが、ベース・レジストリは個人に加え、法人なども含まれます。間違いなく、日本で有数の大きなデータを扱う場所でしょう。
さらには、データをつなぐ難しさもあります。「法的にAのデータとBのデータを連結させる問題はないか」といった調査も必要です。
2〜3年前に金融決済サービスが流行りましたが、困難だったのは技術ではなく、レギュレーションに対応しつつ、便利なサービスを作ること。そもそものルールや仕組みづくりの部分から提案をするなど、高いハードルがありました。
そういう意味では、国のDX推進は最上流のチャレンジともいえます。膨大なデータを扱えて、かつその整理ができる人は、今後のIT企業でも重宝されると思います。
――デジタル庁に応募するエンジニアはどういう人が多いですか?
現時点では、ある程度の規模感のプロジェクトリードができるような、プロジェクトマネジャー経験が豊富な方が多いですね。
ワクチンや給付金関連など、インパクトが大きく、優先順位が高いものから取り組んでいるので、必然的にプロジェクトの規模は大きくなります。また、利害関係が異なるステークホルダーと調整し、推し進めるリーダーシップも重要です。
――実際に入庁したエンジニアにはどういう企業の出身者がいるのでしょう?
かなり多種多様です。日本を代表する大手SIerや誰もが知るインターネット企業、個人事業主など、さまざまですね。
――各社がエンジニア採用に苦戦する中、デジタル庁はかなりの応募があったと聞いています。
ええ。デジタル庁のミッションへの共感と、「今ここでしかできないこと」があると感じていただけたことが大きかったのだと思います。
エンジニアに限らず、多くの人は仕事を選ぶ際に、ミッションを重視します。だから企業は仕事ややりがいの解像度を上げ、言語化し、ミッションを作成する。
ただ正直に申し上げると、ミッションはインフレしてしまっていると思います。どの会社も素晴らしいミッションを掲げているけれど、どこかで聞いたことがあるようなものばかりになってしまっていて、候補者に伝わりにくくなっている。
一方、デジタル庁には「日本のデジタルは変わらなければいけない」という明確な解決すべき課題があります。それが先述した「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。」というミッション。
多くのエンジニアが日本のデジタルを取り巻く状況に不満を感じていて、このミッションに共感し、「自分の力で現状を変えたい」と応募してくれています。
――社会公益性の高さに魅力を感じているのですね。斉藤さんは、エンジニアがデジタル庁で働く醍醐味について、どうお考えですか?
社会的なインパクトや責任感、期待値が大きい仕事であることは間違いありません。時としてデジタル庁は批判されやすい組織ですが、裏を返せばそれだけ注目されているということです。
デジタル庁の仕事は一筋縄ではいきません。言葉を選ばす言えば、きつい仕事。「国の変革」という、とてつもなく大きな仕事だからです。ここで働けば後で「キャリアップできるかも」くらいの動機では、おそらく続かないと思います。
その代わり、使命感やビジョンへの共感がベースにある人や最難関の課題を解きたいエンジニアにとって、これほどハードルが高くて面白い環境はないはずです。人生の時間を費やすに値するチャレンジングなプロジェクトに取り組めますから。
取材・文/天野夏海 編集/河西ことみ(編集部)
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