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世界初デジタルツイン技術で「自然災害リスクの最小化」目指すスタンフォード発・防災テックベンチャーCTOが語るイノベーティブな製品開発に欠かせないもの【One Concern ニコル・フー】

働き方

この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!

観測史上初めて6月に40℃超を記録した日本。連日続く猛暑やゲリラ豪雨などの異常気象は人間や動植物だけでなく、産業にもダメージを与えている。

また、こうした異常気象は新たな自然災害を引き起こす火種にもなる。内閣府の調査によると、1970年代と比較してここ10年ほどは世界全体で自然災害の発生件数、被災者数ともに約3倍まで増加。年々、人々の被災リスクが高まっていることが分かる。

そんな中、世界初の自然災害による被害を予測するサービス『One Concern Ready™プラットフォーム』の開発をはじめ、将来的な自然災害による被害を分析するサービス『One Concern Domino™』及び『One Concern DNA™』によって、行政や民間企業の間で注目を集めているのが米・シリコンバレーに本社を構える防災テック企業One Concern(ワン・コンサーン)だ。

同社CTOを務めるニコル・フーさんは、「テクノロジーを使って自然災害による被害を最小化しようとしている人や企業が世界的にほとんどなかったので、それならば自分がやるべきだと思った」と語る。

ニコルさんはどのような技術で自然災害による被害を最小化しようとしているのだろうか。友人の被災経験をきっかけに始めたというOne Concernのこれまでの歩みと、世界に新たな常識をもたらすようなイノベーティブなプロダクトを開発する上で欠かせないことについて聞いた。

プロフィール画像

One Concern 共同創設者兼CTO  ニコル・フー(Nicole Hu)さん

2012年にベロール工科大学にてコンピューターサイエンスと工学の学士を取得。インド最大のeコマース企業の一つである『Flipkart』でエンジニアとして勤務。15年、スタンフォード大学大学院でコンピューターサイエンスの修士号を取得し、同年、One Concernを大学院時代の友人だったアマッド・ワニ(Ahmad Wani)と共同創業。現在は同社CTOを務め、自然災害予測ツールを通して、社会課題の解決に向き合っている。また、同社は災害予測やデータ管理に関する五つの特許を持っている

友人が見舞われた自然災害をきっかけに「自分の使命」に気づいた

――まずは、ニコルさんが現在手掛けている事業について教えてください。

One Concernでは、災害科学とAIや機械学習を融合することで、企業や自治体の意思決定を改善するRaaS(Resilience-as-a-Service:サービスとしてのレジリエンス) ソリューションを提供しています。

近年、地震のリスクに加えて、気候変動に伴い頻発する台風や豪雨などの異常気象の常態化により、従来の経験則による災害対策が通用しなくなりつつあります。

そこで求められているのが、災害リスクを定量化すること。大規模災害などによる被害へのレジリエンス(対応力)を可視化し、自治体や企業がそのリスクを評価、軽減、プライシングできるよう支援しています。

――どんなプロダクトを開発していますか?

既存の災害モデルをデータサイエンスや機械学習テクノロジーと組み合わせ、『One Concern Ready™プラットフォーム』を通じて洪水予測や地震被害予測を生成しています。

ニコルフー

『One Concern Ready™プラットフォーム』は、地震と洪水を対象に人工知能(AI)を活用した防災・減災を支援するRaaSプラットフォームだ

例えば、私たちのプラットフォームを使えば、避難が必要になる住民の数や、彼らが最もアクセスしやすい避難所やアクセスしにくい避難所、倒壊などの危険性が高い建物などを予測し、特定できます。

その予測を企業や自治体に提供することで、適切な災害対策を講じたり、ビジネスに与えるインパクトを導き出し、何に優先的に取り組んでいくべきなのかを明らかにしていくのです。

現在、米国と日本で事業展開をしていますが、日本では現在、七つの自治体を対象に概念実証(Proof of Concept)を行っている最中です。

ニコルフー

米国では、自然災害や気候変動によって何が最初に被害を受け、事業中断の引き金になるかを予測する、企業向けのSaaSプラットフォーム『One Concern Domino™』を提供。さらに、災害ポートフォリオ分析により、正確なリスク選定、アセット評価、リスクプライシングを可能にする、気候変動に対するレジリエンスデータと分析を組み合わせたサービス『One Concern DNA™』を2022年に発表。DominoとDNAは、米国で販売を開始しており、日本でも年内をめどに販売を開始する予定だ

――ニコルさんが、One Concernを創業された経緯は?

私は生まれも育ちもインドで、大学もインドのベロール工科大学へ進学しました。そこでコンピューターサイエンスを専攻したのですが、学べば学ぶほど面白い分野で。

大学卒業後、一度はインド最大のeコマース企業『Flipkart』でエンジニアとして働きましたが「もっとコンピューターサイエンスを学びたい」という思いが募り、スタンフォード大学大学院へ進学することに。2013年に渡米しました。

One Concernを立ち上げるきっかけとなったのは、スタンフォード大学院時代の友人で、現在共同創業者であるアマッド・ワニ(Ahmad Wani)の被災経験がきっかけでした。

ニコルフー

One Concern 共同創業者 アマッド・ワニ(Ahmad Wani)

2014年、彼がインドのカシミール地方に住む家族を訪ねていた時、壊滅的な洪水が発生し、その地域の85%が水没。数百人が死亡または行方不明となりました。

幸いにもアマッドと彼の家族は無事でしたが、最終的に救出されるまで7日間近く自宅の屋上で過ごすことに。その間、私は彼が携帯を使い続けることができるように支援することくらいしかできませんでした。

自分の無力さを感じるとともに、彼らがどうなるのか分からない状況が連日続き、とても緊張したことを覚えています。

そして、無事にこの災害から生還したアマッドは、この経験を通して自然災害による被害を最小化し、人の命が失われないようにするために、テクノロジーを使って何かできないかと考え始めました。

そんな彼の経験と思いに刺激を受け、私を含む数名のスタンフォードの学生や教授などの有志が集まり、機械学習テクノロジーを活用し、気候変動の影響範囲やリスクを算出し、災害が起こる前にアラートを出したり、被害を最小化するための対策を講じられるような方法を模索し始めたのです。それが、当社の出発点になっています。

多様性の欠如はビジネスの進化を阻害する。大自然のように「境界」をなくして

――ニコルさんはなぜ、今の会社でCTOのポジションに就いたのでしょうか?

社会に対する使命感ですね。肩書きにこだわりはありません。私はもともと、働く動機としてお金や待遇などはあまり気にしないタイプで、ミッションドリブンで働ける仕事や環境を選びたいと考えていました。

先ほどお話しした通り、今の仕事を始めたのはアマッドが見舞われた出来事がきっかけ。そこで、災害をテクノロジーを使って防ぐ開発をしている人が世界的にも少ないことを知り、「この領域こそ、私がやるべきことなんじゃないか」と思えたんです。

また、自分がこれまでに学んできた知識を生かして、社会にいい影響を与える人間でいたいという思いもあります。One Concernの事業と、CTOというポジションは、そんな私の理想をかなえるにふさわしい場だと感じました。

ニコルフー

――日本では、女性エンジニアが少なく、CTOとなるとさらに希少です。米国では女性エンジニアやCTOは増えていますか?

アメリカでも、女性エンジニアは多いとは言えませんが、20年前と比べると、女性エンジニアの存在感は確実に増しています。

ただ、STEM(科学(science)、技術(technology)、工学(engineering)、数学(math))分野における女性の進出と機会を向上という面では、まだまだ努力が必要。STEM分野の労働力という面で、女性は圧倒的に不足しています。

2018年のKorn-Ferryの調査では、女性がCIOもしくはCTOの役割を担っているのは5人に1人以下であることが明らかになりました。

ニコルフー

米国国勢調査局によると、現在、米国の労働人口の56%が女性。そのうち32%がSTEM分野の仕事に就いている。一方、米国の労働人口の44%は男性であり、男性の68%がエンジニアリングの仕事に従事。男性エンジニアの比率と比べると、女性エンジニアが少ないことが分かる

――女性エンジニアや女性CTOが少ないことのリスクは何だと思われますか?

女性というカテゴリーに限らず、あらゆる種類のダイバーシティー(多様性)は、イノベーションを成功させるために不可欠な要素です。

多様な人材がいれば、イノベーションのエコシステムに新鮮なアイデアや視点がもたらされ、新たな問題をさまざまな方法で解決することができますし、実際、One Concernもメンバーの多様性を生かして成長してきた会社で、あらゆる立場の人の視点がプロダクト開発に反映されています。

私たちが身を置くこの地球環境や大自然には本来「境界」ってないじゃないですか。あらゆるものが境界なく入り混じってカオスなことこそが本来あるべき状態。それと同じで、私たちがビジネスで製品やソリューションをデザインする方法も「境界なき大自然のルール」と同じである方が望ましいと思うんです。

女性も男性も関係なく、すべての開発は「情熱」と「好奇心」から始まる

――開発者として、大事にしていることは何ですか?

学ぶことへの情熱と好奇心です。

自然災害が発生した際の建物とインフラの回復力関係をマッピングするといった製品は、それまで世界のどこにもありませんでした。

そういったイノベーティブな製品を開発するには、往々にしてさまざまな困難が待ち受けていますが、壁を乗り越えるのはいつでも開発者の「熱量」だからです。

加えて、柔軟性と分析的思考も重要だと思います。特にスタートアップ企業では、状況に応じて臨機応変かつ素早く判断や行動をすることが要求されるので、全体像の把握と細部への配慮をバランスを取りながらバランスの取れたアプローチが必要になります。

――ニコルさんの今後の目標は?

One Concernの事業を通じて、あらゆる人が今よりも安全に過ごせる世界をつくること。

そしてそのために、都市や地域社会、インフラにとって世界初となる「デジタルツイン」(※)の開発を進展させることですね。

デジタルツインとは
人工知能(AI)と機械学習に、データサイエンティストや災害科学に精通した技術者が精選した数兆個ものデータポイントを統合することで、私たちが暮らす地域社会の仮想モデルを構築することができます。それによって気候変動リスクをモデル化、把握し、事前に対策を講じられるようになります。街をつくるシミュレーションゲーム「シムシティ」や、インタラクティブな地球のシミュレーションのようなものと考えると分かりやすいかもしれません。デジタルツインがあれば、都市をビルごと、ブロックごと、道路ごとに詳細に分析することができます。また、電力や水道の供給の拠点となる施設や、橋、港なども網羅することができます。 より優れたデータとAIにより、自然災害が発生する前に数千通りもの気象災害や大規模災害のシミュレーションが可能となるため、災害に脆弱な地域や被害に遭いそうな重要インフラを特定することができます。また当社の機械学習システムでは、気候変動の継続的な影響を考慮してデータ内のギャップを埋めることで、予測分析を改善し、より確信を持って未来を見通すことができます。 デジタルツインにより、かつてない方法でレジリエンスの定量化が実現できます。

One Concern HP

そんな会社でCTOとしてチームをけん引できることは、私にとって非常にうれしく、大きなチャレンジです。

とはいえ、1人で開発をしているわけではなく、社内外に優秀な仲間がいるので、能力や知見をうまくコラボレーションしながら、製品を社会に実装していきたいと考えています。

また、よくメンバーに話しているのが「私はすべての答えを持っているわけではないが、私のチームはすべての答えを持っている」ということ。

皆さんもぜひ周囲にいる仲間と協力して、好奇心を持って開発に向き合ってみてください。

D-type

編集/玉城智子(編集部)

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