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良かれと思ってやったのに…元Google人事が説く、日本の管理職がやりがちなエンジニアの心理的安全性を下げるNG行動四つ

働き方

ここ数年で「心理的安全性」という言葉の認知が広がっている。

特に、人材不足が課題となっているIT業界においては、エンジニアのエンゲージメントを高めたり、離職率を下げたりするために心理的安全性の高い職場づくりに取り組むマネジャーも多いのではないだろうか。

しかし、「心理的安全性の高い組織」を、「対立のない組織」「チームみんなの仲が良い組織」だと考えているとしたら、認識のアップデートが必要だ。

「エンジニアが意欲的に働ける組織とは、何に対しても『いいね、いいね』と肯定することを良しとする『Nice』なチームではなく、時には否定することも恐れず、率直な意見のやりとりができる『Kind』なチーム

ただただメンバーを肯定するだけでは、心理的安全性はむしろ損なわれかねません」

そう指摘するのは、Googleで人材開発等に従事した経歴を持ち、『心理的安全性 最強の教科書』(東洋経済新報社)の著者であるピョートル・フェリクス・クジバチさん。

エンジニアが意欲的に働ける、本当の意味で心理的安全性の高い組織をつくるにはどうしたらいいのか。日本のマネジャーが誤解しがちな「心理的安全性」の基本と合わせて聞いた。

プロフィール画像

プロノイア・グループ株式会社 代表取締役
ピョートル・フェリクス・グジバチさん(@piotrgrzywacz

連続起業家、投資家、経営コンサルタント、執筆者。モルガン・スタンレーを経て、Googleで人材開発、組織改革、リーダーシップマネジメントに従事。2015年に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループを設立。16年にHRテクノロジー企業モティファイを共同創立し、20年にエグジット。19年に起業家教育事業のTimeLeapを共同創立。ベストセラー『NEW ELITE』(大和書房)他、『パラダイムシフト 新しい世界をつくる本質的な問いを議論しよう』(かんき出版)、『PLAY WORK』(PHP研究所)、『世界最高のコーチ』(朝日新聞出版)など著書多数。新著に『心理的安全性 最強の教科書』(東洋経済新報社)『世界の一流は雑談で何を話しているのか』(クロスメディア・パブリッシング)

心理的安全性の高い組織には、忖度ではなく「建設的な意見の対立」がある

——ピョートルさんは著書『心理的安全性 最強の教科書』の中で、チームが最高の成果を生むためには心理的安全性が欠かせないと説いていますよね。ここ数年でこんなにも「心理的安全性」が重視されるようになった背景をどのように考えていますか?

背景には、働き方のパラダイムシフトが起こったことがあると思います。

産業革命によってモノの生産が工業化され、1970〜80年代頃には生産力の向上により経済が急成長。時期を同じくして、その背景にある労働環境の課題に目が向けられるようになっていきました。

結果、2015年頃に始まったのが、人が人らしく生きるための「働き方改革」。そして20年にはコロナ禍が到来し、世界各国の働き方が一変しました。

社会が大きく変わっていく中で会社が存続するためには、組織が多様な価値観を内包していることが欠かせません。

また、副業などの社外活動に取り組む人が増えた今、会社軸ではない、個人軸でのキャリア形成も一般化しています。

すると、これまでのように「(会社が)雇ってやる」という態度では組織が立ち行かなくなってしまう。特に、売り手市場のエンジニアにおいてはなおさらです。

「会社は環境を用意し、個人は価値を発揮する」という対等な関係が主流となったことで、環境づくりにおける重要なファクターの一つとして心理的安全性が注目されるようになったと考えています。

——心理的安全性について、ピョートルさんが考える定義を教えていただけますか?

書籍の中では、心理的安全性が確立された状態を以下のように定義しています。

【1】対人関係においてリスクのある行動を取っても、『このチームならばかにされたり罰せられたりしない』と信じられる状態
【2】メンバーがネガティブなプレッシャーを受けずに自分らしくいられる状態
【3】お互いに高め合える関係を持って、建設的な意見の対立が推奨されること

このうち、特にエンジニアリング組織において重要になるのは【3】。なぜなら、エンジニアは多様なアイデアをもとに新しい価値を創造する仕事だからです。

刻一刻と変化する社会のニーズを正しく捉え、革新的なプロダクトを世に送り出すには、チームメンバーとの深く率直な議論が不可欠。

「こんなことを言うと相手のメンツをつぶしてしまうかも」と忖度することは、組織やプロダクトのためになりません。

人格否定や単なる攻撃はむろん避けるべきですが、より良いプロダクトを開発するためには、建設的な意見の対立がしっかりと起こる環境をつくることが大切です。

とはいえ、実際の現場では、「心理的安全性」がうまく高められていないケースが多いようですね。

ピョートル氏

心理的安全性を意識しているはずなのに…エンジニアの意欲を「むしろ下げる」四つのNG行動

——「心理的安全性」がうまく高められていないケースが多いということですが、その原因はどこにあると思いますか? 心理的安全性を高めているつもりなのに、メンバーの仕事に対する意欲が上がらなかったり、離職が続いたりして悩む開発現場のマネジャーが見直すべきポイントは?

真っ先に疑うべきポイントは、大きく分けて四つあります。一つずつ説明しますね。

NG1. ボトムアップを大切にしすぎている

IT業界は最新のテクノロジートレンドやサービストレンドに売り上げを左右されやすい業界。そのため、トレンドに敏感な若手エンジニアの意見や感性を重視する組織もあるでしょう。

もちろん良いことではありますが、「若手がせっかく意見を言っているから」という理由で肯定ばかりするのは適切とは言えません。

若手と上層部では、見えている範囲が異なります。最新技術を用いたチャレンジングなアイデアであっても、プロダクトが開発されてきた過程や事業全体を見渡したときに、「採用すべきではない」という判断が必要なときもあるでしょう。

その際に必要なのが、心理的安全性の定義の一つに挙げた「建設的な意見の対立」です。

若手の心理的安全性を高めるのは、アイデアの採用・不採用という表面的な事柄ではなく、納得感。「いいね」と言われてアイデアを採用されたとしても、その場では心地いいように見えて、後々「あの選択は今の組織にとっては誤りだった」と気付く瞬間が訪れるでしょう。

そうなるくらいであれば、たとえ意見が不採用になったとしても、その背景にある事情・理由を説明すれば「次はもっと良いアイデアを出そう」と組織に対するエンゲージメントを高めて奮起してくれるはずですよ。

NG2. プロジェクトの目的を示せていない

メンバーの自発性やアイデアを重視するあまり、マネジャーがプロジェクトの目標をはっきり伝えられていないケースもよく見受けられます。

ただ、プロジェクトのゴールや開発しているプロダクトが提供しようとしている価値が明らかになっていないと、組織の心理的安全性が徐々に下がってしまうので要注意。

なぜなら、みんなが向かっていく先の目的がない場合、ゴールが明確でないために不要な忖度が生まれたり、必要のないところでの衝突が起こったりしやすくなるからです。

そのため、マネジャーが意識すべきは、何のためのプロジェクトで、何のために開発してほしいのか、その目的をきちんと定義すること。そして、どのような行動をとれば高い評価につながるのか明確にすることです。

例えば、OKRなどの目標管理の手段を用いて、目指すべき先がどこにあるのか、達成すべき数値は何なのかを明確化できるといいですね。その上で、このプロジェクトの「成功」は何なのか、全員が同じ回答ができるようにしておきましょう。

NG3. 組織づくりを「手法」に頼っている

メンバーが気軽に相談しやすい環境をつくったり、心理状況を把握したりするために、小まめに1on1ミーティングを実施しているマネジャーは多いのではないでしょうか。

ですが、形式だけの1on1はむしろ逆効果になりかねません。

マネジャーが特に理由もなく「ちょっと話そう」と声を掛けてきたら、不安になると思いませんか? 「何を言われるんだろう」「もしかして、パフォーマンスが悪いと思われているのかな」と良からぬ想像がめぐってしまうかもしれませんし、話したいことが話せなかったとなれば逆に不安が募るだけ。

そこで、1on1をなぜ実施するのか、どういうことをゴールにしているのか、ここでもマネジャーが自分の意志ではっきり伝えておくことが大事です。

1on1に限らず、手法は「目的」があってこそ意味を成すもの。

「何のための1on1で、どのようなコミュニケーションを取り、どうやってアウトプットしていくのか」が定義されていなければ、メンバーがネガティブなプレッシャーを与えかねず、心理的安全性が損なわれてしまいます。

NG4. メンバーの心理的ケアにばかり追われている

そもそもマネジャーは、エンジニアがフロー状態(夢中になってインパクトが出せる状態)に入れるように助ける役割を担っています。

しかし、マネジャーにできるのはあくまで職場の開発環境を整備したり、部署異動や配置換えなどを検討したりすること。エンジニア自身の内発的な動機まではコントロールできません

ですから、もしもあなたがメンバーの心理的安全性を高めようとするあまり、モチベーションコントロールや心理的なケアにばかり時間を割いているなら、一度アプローチを変えることをおすすめします。

本来、マネジャーの役割はプロジェクトを成功させることであり、「やる気がありません」というメンバーをなだめることでも、おだてることでもないからです。

実際、プロジェクトがうまく回り出すと、メンバーの気持ちも乗ってきやすくなるもの。まずはそうした環境づくりからアプローチできるといいですね。

成功の定義を明確にして、意欲を高める「健全な意見の対立」を生む

ーー「心理的安全性の高め方」について、勘違いしてしまうポイントが分かってきました。「メンバーを肯定すること」で意欲を高めていこうと考えがちですが、それが正しいとは言えないのですね。

はい。繰り返しになりますが、心理的安全性には「建設的な意見の対立が推奨されること」が重要です。

間違った方向へ進んでいるのに、対立を恐れて「いいね」と肯定するのは健全な態度ではありません。プロジェクトだったとしたら、開発が進むにつれて大変なことになりかねませんよね。

心理的安全性を高めるために必要なのは「NiceではなくKind」な姿勢。「楽しく盛り上げること」ではなく、「親身になること」が重要なのです。

例えば開発の過程でメンバーが間違った努力をしているのに、「頑張っているから」と応援するだけでは、本人はもちろん、プロジェクト全体にとって良い結果になりません。それなら率直に「その方向は違うよ」と伝えた方が、プロジェクトの進捗も修正できるし、エンジニアとして正しく成長させることができるはず。

これがKindな態度であり、本当の思いやりではないでしょうか。

ピョートル氏

——建設的な意見の対立がある状況を生み出していくために、まず取り組むべきは何だと思いますか?

まずは、開発チームは仲良しグループではなく、プロジェクトを成功に導くための集団であると意識すること。ここがスタート地点ですね。

そして、何をもってチームの「成功」とみなすのか定義を明確にし、全員の意識をそこへ向けること。

ここさえ徹底していれば、例えばコードレビューの際に率直な指摘をしても、「これはプロダクトを良くするために必要なことだ」と前向きに受け止めてもらえるでしょう。

開発の進め方でいくと、エンジニアの場合、マラソンのように一定ペースで走ってもらうよりも、スプリント(全力疾走)を細かく繰り返してもらう方が成果が上がりやすいだけでなく、パフォーマンスの低下にもいち早く気付けます。

そこをすばやく拾って対応することで、メンバーは「このマネジャーは自分を見てくれている」と感じ、組織に対するエンゲージメントが高まるでしょう。

最後に大切なのは、マネジャーが自分の成功事例に頼らないことです。

エグゼクティブ(経営陣)コーチとして有名なマーシャル・ゴールドスミス氏は、著書の中で、「あなたの今の成功を形作った経験は、未来の成功を保証しない」と語っています。

会社組織は生き物ですから、過去に成功した手法であっても、今向き合っているチームに適用できるかどうかは分かりません。

エンジニア一人一人と人間として向き合って、ベストなパフォーマンスを引き出す。その原点さえ意識し続ければ、形だけのマネジメントに陥らず、真の意味での心理的安全性を実現できるはずですよ。

書籍情報

『心理的安全性 最強の教科書』(東洋経済新報社)

ピョートル・フェリクス・グジバチさん

注目のマネジメントキーワード「心理的安全性」を高めるための「考え方」と「行動」が分かる一冊。Google元アジア・パシフィック人財・組織開発責任者であるピョートル・フェリクス・グジバチさんによる、「チームが最高の成果を生む61の鉄則」は必見だ。

>>詳細はこちら

取材・文/夏野かおる 編集/秋元 祐香里(編集部)

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