【1】相談者のことを受け入れる
【2】仏教と心理学の観点からアプローチし、今心の中で起きている状態を把握してもらう
【3】コーチングの観点から明日からやるべきことをアドバイスする
“戻ってきた”開発者・家入一真に聞く、GPT3.5搭載『HOTOKE AI』がグローバルでヒットしたワケ「プロダクトの先には必ず人の感情がある」
「あなたのお悩みにメカニカル仏がこたえます──」
GPT3.5が搭載された“仏”がお悩み相談に答えてくれる、仏教×AIのwebサービス『HOTOKE AI』が話題だ。
リリースされたのは、なんとGPT3.5のAPIが公開された2023年3月2日の翌日。
『HOTOKE AI』に寄せられた悩み・相談の数は既に37万を超えており、日本だけでなく中国をはじめグローバルにユーザーが広がっている。
開発者である家入一真さんは、昔から宗教に関心を持ち、数年前に浄土真宗での得度(出家)を果たした人でもある。
経営者としてではなく、久々にWebサービス開発者としての顔を見せた家入さんに、『HOTOKE AI』ヒットの背景を聞いた。
中国でも大ヒット! 深い悩みも相談できる“人間味”あふれる仏教AI
ーー『HOTOKE AI』には、リリースから2カ月で37万を超える悩み・相談が寄せられているようですが、どのような人に使われているのでしょうか?
リリース直後はほとんど国内のユーザーでしたが、1~2週間後から中国語圏のユーザーが急増しました。
そこで簡体字や繁体字の他、韓国語や英語にも対応できるように追加で開発を行った結果、今では中国や香港、台湾、東南アジア、アメリカのユーザーにも広く利用されています。
ーーあっという間にグローバルで利用されるサービスに成長したのですね。どのような経緯から『HOTOKE AI』を作ったのですか?
『Chat GPT』が出始めた頃から、生成AIを使ったサービス作りには挑戦していました。
クラウドファンディングのハードルを下げるために、プロジェクト風の文章を生成したり、リターンのアイデアを出したりする「クラファンジェネレーター」はその一つです。
一方で「『Chat GPT』は人の心に寄り添うような使い方ができるのではないか」とも思っていたのですが、すぐには着手しませんでした。
人の心に寄り添うにはより繊細な対応が求められますが、日本語が少しおかしいだけでサービスに対する信頼感が損なわれてしまいますから。
ところがGPT3.5の日本語レベルは、その心配を払拭するのに十分なものでした。急いで開発を始めた結果、多くの人に使っていただけたのは本当にうれしいです。
『HOTOKE AI』を通じて、チャットGPTの面白い使い方だけでなく、宗教の新しい形も同時に提示できたのではないかと感じています。
ーーどのような反響が印象に残っていますか?
多くのユーザーがライトなやり取りを楽しんでいる中、あるユーザーが「重い相談をしてみたら救われた」とTwitterに投稿していたのが印象的でした。
人にはなかなかできない相談も、AIなら気軽にできる。その距離の近さに、逆に“人間味”を感じたという感想はとても新鮮でした。
それから、「昔の家入が戻ってきた」と言ってくださるフォロワーさんがいたのもうれしかったですね。
最近は自分でサービスをつくる機会が減っていて、経営やマネジメントのことばかり頑張っていたのですが、やっぱりサービス開発も楽しいなと気付かされました。
自分が仕事としてやりたかったことを思いだしたというか、開発者としての自分のアイデンティティーみたいなものの輪郭がくっきり浮かび上がったように感じましたね。
たった1日遅れでも「二番煎じ」。必要なのは未完成でも出す勇気
ーー『HOTOKE AI』はなぜこんなにヒットしたと思われますか?
要因の一つは、人の心に寄り添えるようなプロンプトを作ったことではないでしょうか。
『HOTOKE AI』の回答は、
という流れで生成されるようにしました。
質問に対する答えをストレートに提示するのではなく、頭や心の整理にも役立つ内容にしたのが良かったのではないかと思います。
ーー家入さんはGPT3.5のAPIが公開された翌日に『HOTOKE AI』をリリースしていますが、スピードも大切な要素だったと思いますか?
そうですね。GPT3.5が出たときは、その精度の高さに衝撃を覚えると同時に「これを使って多くの人が一気にいろんなサービスをつくり始めるだろうな」と思いました。
たった1日でも先に類似のサービスが出てしまえば、自分のアイデアは世間から二番煎じだと見られてしまいます。
それでは悔やんでも悔やみきれませんから、あの日はほぼ徹夜でコードを書きました。
自分でコードを書くのは久しぶりだったので、忘れていることも多かったのですが、『Chat GPT』に相談しながら進めたのでスムーズに開発できました(笑)
ーー未完成の部分があるとしても、家入さんはとにかく「早く世に出す」ことに意味があると考えたのですね。
そうですね。エンジニアの中には未完成のものを出すことに抵抗がある人もいると思いますし、「未完成のものを出したくない」という気持ちもすごくよく分かるんですよ。
実際、サービス内容によっては、リリース時点で「完成品」が求められるケースも世の中には多くありますしね。
ただ、Webサービスやアプリに関して「完成」は存在しません。いつまでも改善し続けなければならないものだからこそ、自分の中で納期を決めてリリースし、後からブラッシュアップする。
そういうやり方で開発しないと、大切なアイデアが二番煎じになって価値を失ってしまう可能性は高いと思います。だからこそ、スピードはやっぱり大事ですね。
人間の感情に向き合わずして、エンジニアはいいサービスも、いいキャリアもつくれない
ーー家入さんは数年前に得度(出家)されたそうですが、宗教について理解を深めてきたことは、ご自身のキャリアにどのような影響を与えたと思いますか?
もう20年以上、会社経営をしてきましたが、働くということは結局「人と向き合う」ことに尽きると思います。
仕事で関わる社員・取引先・お客さま……すべて人間である以上、そこには喜びだけでなく嫉妬や怒り、悲しみなどいろんな感情が発生する。
つい「理屈重視」になりがちなビジネスの世界で、それらの感情一つ一つに向き合っていくために、仏教は非常に有効なツールです。
仏教のおかげで自分自身の感情も含めて「人の感情」に向き合うさまざまな方法を持てるようになったのは、とても良いことだったと感じますね。
ーーエンジニアにとっても、人の感情と向き合うことは大切だと思われますか?
はい、そう思います。仕事をうまく進める上でも、自分のキャリアをより良くしていくためにも、自分と他人の感情に向き合い続けることは欠かせません。
例えば、プログラミングにはロジックがあるかもしれませんが、エンジニアがつくるシステムやサービスというのは、その先に「使う人」がいるものですよね。
その人たちの感情に思いを寄せずして、いいものづくりはできません。
ヒットサービスを生み出す、既存のサービスをより良いものへと育てるという観点においても、ユーザーの感情を考慮することが不可欠です。
また、これからのキャリアのことを考えるときには、自分の「弱さ」や「ネガティブな感情」にも目を向ける必要があると思います。
エンジニアに限ったことではないですが、人はキャリアのことを考えるとき、どうしても「強み」にフォーカスしがちです。
でも、「強さ」は常により強い人に代替されてしまいます。「プログラミングができる」といっても自分より優れている人は世界を見渡せばいくらでもいるし、「英語ができる」といっても「もっとうまく英語が喋れる、読める」人はたくさんいるというふうに。
ですから、これからのキャリアを考える上で大切なのは、誰かに代替えされてしまう強みへのこだわりよりも、自分自身の弱さや感情的な部分に対してしっかりと向き合っていくスキルを身に付けること。
自分の弱さを知っている人は、人を正しく頼ることができる人です。自分で全てを抱え込むことをやめると、かなり働きやすくなるし、生きやすくもなると思いますよ。
「喜ばせたい誰か」に手紙を書くようにサービスをつくる
ーー久しぶりに家入さんが開発した『HOTOKE AI』では、ユーザーのどんな感情に目を向けたのでしょうか?
以前、僕が夜から朝までぶっ通しで人生相談に答えるというイベントをやったことがあったのですが、そこに来て頂いた方からいただいた悩みだったり、顔だったり、そういうものを想像しながら作りましたね。
そして、人が悩むことってほぼ100%「感情」の問題なんですよ。孤独、苛立ち、人間関係の不和など。実際に人から聞いて知った感情の問題を、一つ一つイメージしながら『HOTOKE AI』のコンセプトやUXを考えていきました。
あと、これは僕自身のやり方かもしれませんが、僕がサービス開発をするときは、具体的に喜ばせたい人の顔や感情の変化を思い浮かべて、手紙を書くようにサービスをつくるようにしています。これは、20年以上前からずっと意識し続けていることです。
「誰のため」があいまいな状態で作り始めると、そもそも開発するモチベーションが湧きませんし、サービスをより良くしていくための解像度も高まりません。
でも、具体的に喜ばせたい人がいれば、完成したサービスはその人だけでなく、同じような立場にいるたくさんの人たちに使われる可能性がある。
サービスを作る人がサービスの向こう側にいる人の感情に寄り添うのは、とても大切なことだと思います。
ーー技術の進歩スピードがどんどん速くなる中で、ものづくりに対するスタンスがぶれてしまいそうになるときはありませんか? 例えば『Chat GPT』のようなものが出てきたときに、誰のために何を作りたいかということよりも、『Chat GPT』を使って何かをつくってみる、ということ自体が目的になってしまう……というような。
確かに、そういうことも起きがちですよね。今はスピードが大事な時代ですから、とりあえず技術に触れて何かをつくってみるのはいいことだと思います。
ただ、多くの人に受け入れられるものを作ろうと思ったら、それだけじゃやっぱりダメなんですよね。新しい技術を使って自分は誰のための何のサービスをつくりたいのか、クリアにする必要があるはずです。
そういう意味で、ものづくりを通じて実現したいミッションやビジョンを個人レベルで常に持っているエンジニアは、そういうときにいい瞬発力を発揮できますよね。それは所属する会社の掲げるミッションやビジョンが既にあったとしても、です。
心の中に「〜のためにやる」という軸さえあれば、自分自身が最後までブレませんし、作るものに説得力が生まれます。
そして、新しい技術が登場したときに「それを生かしてどうやって自分のやりたいことをかなえるか」という手段を素早く考えられますから。
ーー家入さんも、つくり手としての個人のミッションについて考える機会は多いですか?
そうですね。でも個人のミッションは、最初から分かっていたわけではありません。20代のうちはカフェを開いたり、たくさんの事業に手を出したりして、いっぱい失敗も重ねてきました。
その結果ようやく、自分の主戦場はWebサービスであり、やりたいのは「個人がネットを通じてさまざまな活動ができる世界をつくること」だと分かったんです。
今回の『HOTOKE AI』も、その気付きの先にあるものだったので、これを作ったことは自分の中でもすごくしっくりきています。
これだけいろいろなビジネスやサービスがある時代には、自分がやるべきことを見失ってしまうこともあるでしょう。だからこそ「自分がやる必要がないもの」の見極めは非常に大切ですね。
ーー「やりたいこと」ではなく、「自分がやる必要のないもの」ですか?
そうです。いくらやりたいことがあっても、やる必要のないことにまで手を出していると、集中できないし、時間が足りないんですよ。
しかしそれは、最初から明らかになるものではありません。僕だって「個人がネットを通じてさまざまな活動ができる世界をつくること」以外のことに関わるのはなるべくやめようと思えたのは、割と最近ですからね。
今思えば、20代の頃の失敗の数々は、「自分がやらなくていいこと」を見極める上ですごく貴重な経験になっていました。
もし、自分が何をやりたいのか分からない、何をつくるべきなのか分からない……そんなふうに思っている若手エンジニアの方がいるならば、まずはあまりより好みせずに、いろいろな経験を積んでみるといいのではないでしょうか。
結局、人間は自分の経験の中での比較でしか物ごとの良しあしを判断できませんから、納得感の持てる仕事・キャリアを見つけていくための近道はない。
そして、「自分だからやれること」にフォーカスできたとき、世の中に広く・深く受け入れられるようなサービスを生み出せる可能性が高まるのかもしれませんね。
取材・文/一本麻衣
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