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リリースを増やせば、成果も増えると思ってない? 『Outcomes Over Output』が教える「作ること」の罠

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本連載では、業界の第一線で活躍する著名エンジニアたちが、それぞれの視点で選んだ書籍について語ります。ただのレビューに留まらず、エンジニアリングの深層に迫る洞察や、実際の現場で役立つ知見をシェア!初心者からベテランまで、新たな発見や学びが得られる、エンジニア必読の「読書感想文」です。

著名エンジニアが、独自の視点で「おすすめ書籍」の紹介を行う本連載。

今回の語り手は、株式会社アトラクタ Founder兼CTOであり、アジャイルコーチとしても数々の実績を誇る吉羽 龍太郎さんだ。

生成AIの登場により、私たちは以前よりも速く、安く、多くのものを作れるようになった。しかしその一方で、価値のないものまで勢いよく量産してしまう危うさも抱えている。

開発スピードが上がることは、本当に良いことなのか。

吉羽さんが取り上げるのは、そんな時代のプロダクト開発に必要な「立ち止まるための視点」を与えてくれる一冊だ。

※本文中の英語引用部分の日本語訳は、全て筆者によるものです。

吉羽 龍太郎が選ぶ一冊『Outcomes Over Output』

発売日:2019年4月8日
著者:Joshua Seiden
出版社:Sense & Respond Press
ISBN-13:978-1091173262
書籍概要:デジタルサービスやソフトウェアが「完成」しない時代において、チームの目標を単なる機能開発ではなく、顧客の行動変化や価値創出につながるアウトカムとして設定することで、焦点と整合性を生み、無駄な作業を減らし、顧客中心のプロダクト開発を実現するための実践的な考え方を示した一冊。

はじめに

私は、アジャイル開発やスクラム、プロダクトマネジメントの支援やトレーニングを仕事にしています。それに加えて、10年以上IT関連の書籍の翻訳を行ってきました。

書籍の翻訳はいわゆるプロジェクト型の仕事で、スコープが決まっていて、当然締め切りがあります。締め切りに追われるのが好きな私としては、次の翻訳のネタになりそうな「日本語版があるといいな」と思える本をいつも探しています。

Josh Seidenの『Outcomes Over Output』(Sense & Respond Press)も、そうやって見つけた1冊です。2019年出版の80ページほどの薄い本です。

「なんだよ英語かよ」と思ってここで離脱しないでください(笑)。出版事情の変化とあいまって「日本語訳が出るまで待とう」と思っていると、そのまま時間だけが過ぎてしまいます。

最近は生成AIや翻訳ツールがかなり進化したおかげで、英語の本を読むハードルは劇的に下がりました。なのでいろいろなツールを駆使してぜひ一度読んでみることをおすすめします。もちろん最初は短い本がいいです!

本書を読んだ背景

今回この本を選んだのは、プロダクト開発の現場で頻繁に見かける問題を扱っているからです。

開発の効率を上げて、タスクをどんどんこなした。新しい機能を作った。スプリントごとに動くものを作って、予定どおりリリースした。そうやってみんなで頑張って開発しているのに、思うような結果が出ていない、というものです。

もちろん、素早く開発できる能力はとても重要です。ただ、うまく作れることと適切なものを作るのとは別だ、ということを認識しておかなければいけません。

この問題は、生成AIの普及によってますます顕著になっています。以前は、何かを作るには長い時間と大きなコストがかかりました。そのため事前に「本当にこれを作る必要があるのか?」を考えて、必要に応じて調査をしたり、ステークホルダーと交渉したりしていました。

ところが生成AIによって素早く安価に作れるようになると、その判断を抜きにして「作ってしまえばいいや」と考えがちです。その結果、問題が加速します。

このような負のループに対処するために、一度立ち止まって考える道具として本書を使ってみるとよいと思います。

本書で得られた学び・教訓

本書の第1章では、アウトカムを次のように定義しています。

An outcome is a change in human behavior that drives business results. Outcomes have nothing to do with making stuff—though they sometimes are created by making the right stuff. Instead, outcomes are the changes in customer, user, employee behavior that lead to good things for your company, your organization, or whomever is the focus of your work.

アウトカムとは、ビジネス成果を生み出す人間の行動の変化である。アウトカムは何かを作ることとは関係がない。ただし、適切なものを作った結果として生まれることはある。アウトカムとは、顧客やユーザー、従業員の行動が変わり、その結果として会社や組織、あるいは対象となる人にとって良い結果がもたらされることである。

何度読んでも味わいが深い文章だと思うのは私だけでしょうか。

「アウトカムとは、ビジネス成果を生み出す人間の行動の変化である」はアウトカムをこれ以上ないくらい端的に表していますし、「アウトカムは何かを作ることとは関係がない」は衝撃的です。

私たちは普段、何かを作ればその分だけ結果がついてくると思いがちです。機能を10個リリースすれば、10機能分の成果が出る。リリースを増やせば、増やしただけビジネスが伸びるなんてことを無意識に前提にしがちです。

でも、それは間違いなんですよね。アウトプットを増やしても、自動的にアウトカムが生まれるわけではない。ここが本書の出発点になっています。

「アウトプットを増やしても、自動的にアウトカムが生まれるわけではない」ことが書籍の出発点であることを表しているイメージ。

プロダクト開発でもう一つ重要なのが、売上、利益、コスト削減といった高いレベルの成果です。最終的に経営層が見たいもので、本書ではこうした成果を「インパクト」として扱っています。もちろん、インパクトが重要なのは間違いありません。そこを無視してよいはずがありません。

ただし、インパクトをそのままチームに渡しても、日常的に扱うには大きすぎます。売上や利益、コスト削減には、様々な要因が絡みます。複数のチームが関わることも多く、チームとして何をすべきかが分かりにくくなることもあります。

そこで、本書ではインパクトをそのままチームに求めるのではなく、アウトカムに落とし込むように提案しています。

アウトカムは人間の行動変化なので、インパクトよりも小さくて扱いやすく、実際に変化が起きたかどうかも観察しやすいのが利点です。さらに、あるアウトカムを達成するための手段は一つとは限らないので、チームは複数の選択肢を考えることもできます。

つまり、アウトプットに寄りすぎると作ることが目的になり、インパクトだけを見ると大きすぎて何をすればよいか分からなくなる。その間にアウトカムを置くことで、チームは「何を作るか」ではなく「どの行動を変えるか」に集中できるようになるということです。

そして「アウトカムを中心に据えると、その影響はチームだけにとどまらない」という本書の論旨展開には、思わず「なるほど」と思いました。

ロードマップは機能の一覧から、達成したいアウトカムが並んだものに変わり、OKRのKey Resultは、リリース計画ではなく、変えたい顧客行動が書かれるようになる。組織構造も、アウトカムを軸に見直せるようになる。

つまりアウトカムは、計画の立て方、目標の置き方、組織の作り方を一貫した形で動かしていくエンジンというわけです。この説明はしっくりくるので、どこかで使おうと思います(笑)

実務での活用方法

本書では実務で使える考え方をいくつも説明していますが、ここではすぐに試せるものを一つ紹介します。それが第2章にある、「魔法の質問(The Magic Questions)」です。

1. What are the user and customer behaviors that drive business results? (This is the outcome that we’re trying to create.)
2. How can we get people to do more of those behaviors? (These are the features, policy changes, promotions, etc that we’ll do to try to create the outcomes.)
3. How do we know that we’re right? (This uncovers the dynamics of the system, as well as the tests and metrics we’ll use to measure our progress.)

1. ビジネス成果を生むユーザーや顧客の行動は何か(これが自分たちが生み出そうとしているアウトカムになる)
2. その行動をもっと多く引き出すにはどうすればよいか(アウトカムを生み出すための機能開発、ポリシーの変更、プロモーションなど)
3. 自分たちが正しいとどうやって分かるか(これによって、システムのダイナミクスだけでなく、進捗を計測するために使うテストや指標が明らかになる)

プロダクト開発で何らかの意思決定をするときに、まずはこの三つの質問に答えるところから始めよう、ということです。

私たちは抽象よりも具体の方が得意なので、つい仕様や機能の話に飛びついてしまいます。例えば「AIチャットボットを導入したい」と言われると、いきなりLLMの選定やRAGの設計、他ツールとの連携やログ管理といった具体的な議論に入ってしまいます。

ですがそれは、結果的に無駄な時間を費やすことになりかねません。なので、まずは「ビジネス成果を生むユーザーや顧客の行動は何か」という問いから始めるわけです。

AIチャットボットであれば、「顧客が問い合わせをせずに自分で問題を解決できるようになる」とか「購入前の疑問をその場で解消できるようになる」みたいなものです。これが実現できれば、離脱率を下げたり、購入率を上げたりできるかもしれません。いろいろあり得ますよね。

ここをクリアにした上で、二つ目の問いである「その行動をもっと多く引き出すにはどうすればよいか」に進みます。ここからは機能や施策の話です。

AIチャットボットはあくまでも手段の候補の一つであって、FAQのページ、サポート担当者からの案内、エラーメッセージの改善など、もっと安くて速い手段もあるかもしれません(たぶんあります)。アウトプットから始めると最初の解決策に閉じてしまいますが、アウトカムから始めると選択肢が広がります。

そして三つ目の問い「自分たちが正しいとどうやってわかるか」は、仮説検証の重要性を強調しています。

「これをすれば顧客は自己解決するはずだ」というのはあくまで仮説です。仮説なので検証が必要です。何かを行うときには、事前に何を計測して、仮説をどう評価するのかを決めておくのが良い手です。そうじゃないと、なんとなく思いつきでやってやりっ放しということになってしまいます。

まずはいったん落ち着いて、三つの質問に答えるところから始めてはどうでしょうか。生成AIに作ってもらう前のチェックリストとして使うのもありかもしれません。

自分たちが行った施策について仮説検証を行っているイメージ画像

どんな人に読んで欲しいか

プロダクトマネジャーやプロダクトオーナーはもちろんですが、プロダクト開発に関わる人全てに読んで欲しい本です。

価値観というのは、関係者に広く共有されて初めて意味を持つものなので、プロダクトマネジャーだけがアウトカムの重要性を理解していても、開発者がアウトプット思考なら意味がありません。

チームは理解しているけれど、チーム外のステークホルダーはアウトプット思考で作業を指示してくるという状況もあり得るので、その場合はステークホルダーにも読んでもらいましょう。

いっそのこと組織の中で輪読会をやってみるという手もあります。英語の本を一人で最後まで読むのは大変ですが、輪読会であれば負担も減りますし、本の内容について議論することで理解も深まります。薄い本なので完走しやすいでしょう。

「やらなきゃいけない作業がたくさんあって集まれない!」と反応したくなる場合は、すでにアウトプット思考の罠にハマっているかもしれません(笑)。業務時間に輪読会や勉強会をバンバンできる組織が健全です。

それから、生成AIを使って「開発生産性を上げたい」と考えている方にもお勧めです。開発生産性が上がるのはもちろん良いことですが、それは良いアウトカムの実現につながっていないと意味がありません。

価値がないものを速くたくさん作っても意味はないことを、改めて確認してはいかがでしょうか。

まとめ

本書は80ページちょっとしかありません。アウトプット思考の本ならもっと分厚くなっているはずです。事例を足し、章を増やし、章ごとにケーススタディーを置き、付録もつき、気が付けば300ページみたいなよく見るやつです。

でも、「読者の考え方を変えるというアウトカムが達成できるなら、ページは少ない方がいい」と考えれば、80ページで止めるのが正解なんでしょうね。本書はそういう本です。「アウトカム思考で書かれたアウトカムの本」と言ってしまってもよいかもしれません。

皆さんのチームは作ったものを成果として見ているのか、それとも顧客やユーザーの行動変化を見ているのか、今一度考えてみてはいかがでしょうか。

生成AIでコードを量産する前こそが考えるべきタイミングです。「このアウトプットはどんなアウトカムにつながるのか」という質問に答えられないなら、一旦立ち止まって考えましょう。

文/吉羽 龍太郎 編集/今中康達(編集部)

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