最新の技術を学んでも、あっという間に陳腐化してしまう今の時代。ビジネスを成功に導くのは、知識でもテクニックでもなくエンジニアたちの「モチベーション」かもしれない。本特集では、環境の変化に左右されがちなモチベーションを、エンジニア自身がセルフコントロールする最新メソッドを紹介。自分をアゲて、仕事の成果もあげていこう。
「割り込み処理」頻発、意図せぬポジションチェンジ…戸倉彩が実体験をもとに語る育休明け女性エンジニアのモチベ低下の三大要因&対処法
産休・育休を取得して職場復帰したはいいけれど、「希望とは違うプロジェクトにアサインされた」「子育てとの両立で出産前ほど仕事に集中できなくなった」「スキルアップに必要な勉強ができなくなった」など、ブランク明けの環境変化は、モチベーションの低下を招きやすいもの。出産・子育て経験のあるエンジニアなら、思い当たる節があるかもしれない。
日本アイ・ビー・エムでカスタマーサクセス部長を務める傍ら、社内外で女性エンジニアのエンパワーメントに奔走する戸倉彩さんも、育休復帰後に始まった両立生活に悩まされた一人だ。
「育児とエンジニアの仕事を両立するのは思った以上に大変で、一体どうやってバランスを取ればいいんだろうと悩みました」(戸倉さん)
思うようにいかない両立生活の中で、戸倉さんはどのようにモチベーションを維持・向上させたのだろうか。過去の実体験をベースに、ブランク明けの女性エンジニアに向けたセルフモチベート術を教えてくれた。
日本アイ・ビー・エム
テクノロジー事業本部長 カスタマーサクセス部長
戸倉 彩さん(@ayatokura)
2011年11月より日本マイクロソフトにてテクニカルエバンジェリストとしてマイクロソフトの公認キャラクター『クラウディア・窓辺』の「中の人」を担う。18年に日本IBMに入社、21年7月より日本アイ・ビー・エム テクノロジー事業本部 第二カスタマーサクセス部長 兼 IBM Federated Developer Advocateを務める。『DevRel エンジニアフレンドリーになるための3C』(翔泳社)共著他
育休後、モチベ低下の原因は「自分のキャリアをコントロールできない」こと
ーー育休復帰後の女性エンジニアは、どのようなシーンで仕事に対するモチベーションが下がりやすいのでしょうか?
私の実体験と身の回りの女性エンジニアの話から考えると、大きく分けて三つあります。
一つ目は、仕事と家庭のバランスがうまく取れなかったときです。育児と仕事との両立はとても大変ですが、つい何事も完璧にやろうとしてしまう人も多いでしょう。
その結果、両方に十分な時間を割けないことにストレスを感じ、理想と現実の間で悩んでしまうのです。
二つ目は、仕事のボリュームや担当内容が復帰前と大きく変わったとき。
エンジニアに限らず、休職前後で担当業務が変わることは少なくありません。しかしエンジニアに関して言うと、IT業界から離れて久しい復帰後は、ただでさえ知識のキャッチアップが大変です。
それに加えて新たな仕事を担当するとなると、並大抵の努力では立ち行かないでしょう。予想よりも多くのことを任されたり、想定とは全く異なる役割を期待されたりすると「このまま働き続けるのは難しいかも」と不安になってしまいます。
そして三つ目は、復帰後にキャリアプランの変更を迫られたときです。
時短勤務を選んだことを理由に、かつての役割を取り上げられてしまった。または、今まで想定していたのとは違うキャリアを勧められたという人の話をよく耳にします。
これは、モチベーション高くキャリアを積み上げてきた方であればあるほどつらいはずです。今までは自分でキャリアをコントロールできると思っていたのに、他者からの強制力が働くことによってモチベーションが大きく下がってしまうのだと思います。
ーーこれらは、戸倉さん自身も体験したことがあるのでしょうか?
そうですね。特に一つ目と二つ目のシーンは当時のことをよく覚えています。
私は出産によって2年間仕事から離れ、その後別の会社に転職する形で復帰しました。復帰後は知識面でどうしても周りに追いつかない部分があり、調べながら進めているとワンテンポ遅れてしまうことがありましたね。
その遅れをプライベートの時間で取り戻そうと思っても、育児中はなかなか思い通りにいきません。熱を出した子どもを病院に連れていく用事が発生するなど、エンジニアの世界で言う「割り込み処理」のようなものがバンバン入ってきましたから(笑)
「一体どうやって育児と仕事のバランスを取ればいいんだろう?」と、最初はものすごく悩みました。両立の大変さが、想像以上だったんです。
多忙なときこそ冷静に。大変なときこそわがままに
ーー仕事と家庭のバランスが取れなくてモチベーションが低下してしまいそうなとき、戸倉さんはどのように対処したのでしょうか?
まず一つは「落ち着く」ことです。焦りを感じたら一人の時間を作り、冷静に状況を把握するようにしました。
場所はどこでも構いません。お手洗いでもいいと思います。視覚的な情報が入ってくると脳がそれを処理しようと動いてしまうので、私はパソコンやスマホも見ないようにしました。
そして、メンタルだけでなく体力的にもつらいと感じたときには、とにかく一旦睡眠を取る。そうやって冷静になると、「あの件は慌てるほどのことではなかったな」と気付けるんです。
落ち着いてから状況を振り返ることで、物事の見え方が変わり、次に取るべきアクションが見えてくることがありました。
それに加えて、子どもとの時間を意識して取るようにしました。
仕事がうまくいかないと、自分のことをダメ人間のように感じてしまう人は多いと思います。でも、子どもとの時間を過ごすことによって「そもそもなぜ自分は働いているのか」「最も大切なのは家族ではなかったか」と、原点を思い出すことができるんです。
これはIT用語で言うキャリブレーションと同じです。焦点を合わせるべきところにもう一度立ち戻ることで、自身のモチベーションを再確認することができます。
ーー大変な時こそ一旦冷静になることが大切なのですね。モチベーション低下要因の二つ目として挙げていた「復帰後に仕事のボリュームや責任範囲が変わってしまった」というシーンについても、ぜひ聞かせてください。
私の場合は出産後に自ら転職し、希望して新しい仕事にチャレンジしたので会社から強制されたわけではなかったのですが、やはり育児の負担がある中で新たな環境に適応するのは大変でしたね。
結果、その時はいきなり全てをキャッチアップしようとするのではなく、やるべきことを細分化して勉強するようにしました。
私はクラウドの専門家として転職し仕事に復帰したので、クラウドの中でもまずはWeb系、次はモバイルアプリ系……と分野を絞ってキャッチアップしました。
勉強する際に意識したのは、ただ情報を見るだけではなく、実際に手を動かして動くものを作りながら進めること。
基礎を理解してからでないと実作業がしづらい、という方もいますよね。ですが、なるべく早い段階から実際に動くものに触れた方が、エンジニアとしてのモチベーションが保ちやすいと思いますよ。
また、新しい環境に適応する必要があるときは、心の中で「究極のわがままになる」ことも大切です。
周囲の環境に合わせることばかり意識していると、どうしても仕事や子どもに振り回されてしまいます。そういうときこそ「私はこれがやりたいんだ」という人生のパーパスを明確に設定することで、精神的なバランスを保てるようになるんです。
私は「やりたいことで生きていく」という希望を心の中に明確に抱いています。周りの環境がどんなに変化しても変わらない自分を持つと、大変な状況でも自信を持って振る舞えるようになりますよ。
ーーただ、パーパスが明確であればあるほど、先ほどのお話にあった「キャリアプランの変更を迫られたとき」に直面するとモチベーションが下がるような気がします。
会社に所属していると、どうしても自分の力で変えられないことはありますが、その中でも譲れないもの、つまり自分の「キャリアアンカー」を持っておきましょう。
キャリアアンカーは社会貢献や専門性の追求など、人それぞれです。
その結果見えてきた自分の方向性が、会社から勧められたキャリアと明らかに異なる場合は、自分の希望するポジションで働けるように上長に相談してください。それが難しい場合は、転職も一つの選択肢でしょう。
時間に追われがちな復帰直後は、やるべきことの取捨選択を迫られる時期でもあります。自身のゴールを明確に設定し、希望するキャリアを歩めるようしかるべき相手にきちんと相談することが大切だと思います。
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ーー育児と仕事の両立で忙しいと、つい自分の外側にばかり意識が向きがちですが、自分の内面に目を向けることこそが重要なのですね。
その通りです。私は女性エンジニアのモチベーションが下がる要因には、アンコンシャスバイアスが影響しているケースもあると考えています。
私自身、復帰後は業務時間外に予定されていた勉強会のインビテーションから外されて、かなりショックを受けたことがあります。
なぜこのようなことが起きてしまったのか。今思えば同僚との会話が足りていなかったのだと思います。私は「できるだけ勉強する機会を得たいので、業務時間外に勉強会がある場合でも招待だけはしてほしい」とあらかじめ伝えておくべきでした。
それをしなかったのは、「自分は当然他のメンバーと同じように扱ってもらえるはず」というアンコンシャスバイアスがあったからです。そして私をインビテーションから外した方にも、「子育て中の女性は時間外の活動には一切参加できない」というアンコンシャスバイアスがあったのだと思います。
このような無意識の思い込みによってストレスが生じてしまうことがあるので、復帰後は特に積極的に周囲とコミュニケーションを取り、自分の状態や思いを理解してもらえるように働きかけることが大切ですね。
一人でできる範囲には限界がある。大切なのは「支援を受ける勇気」
ーー育休からの復職後もエンジニアがモチベーション高く働き続けるためには、何を心掛けるとよいでしょうか?
まずは、スケジュール管理の方法をバージョンアップすることが大切です。開発業務は納期が決まっていることが多いので、計画していたことが思い通りに進まなかったとしても、後で調整できるような余裕を持たせましょう。
予定を実行する上で欠かせないのがフレキシビリティーです。
子どもが寝た後や朝早く起きた時間に1時間だけ勉強する時間を作るなど、柔軟性のある働き方を自分の中にインストールすることによって、スケジュールにさらに余裕を持たせられるようになります。
ーースケジュール管理の方法をガラッと変えることが大切、ということですね。
そうですね。そして、生活を楽しむ上でもう一つ大切なのはゴール設定です。
ほとんどのエンジニアは、どんなシステムを作るのかをクリアにした上で作業を進めますよね。それはキャリアや育児に関しても同じです。
「将来はこんな仕事がしたい」「こんな子どもに育てたい」という目標を目に入りやすい場所に書いておくと、ゴール達成に向けたロードマップを意識できるようになり、モチベーションも湧いてきます。
そしてそのゴールを達成するには、家族など周囲のサポートが欠かせません。エンジニアは自分で手を動かし、自分の納得いくやり方で進めたいと思う傾向があると思います。
しかし一人でできることには限界がありますから、ぜひ支援を受ける勇気を持ってください。人を頼るのは決して悪いことではありません。むしろ、支援してくれる人との絆を育む貴重な機会でもあると私は捉えています。
女性エンジニアの皆さん、特に育休後の方は、自分をねぎらう時間を絶対に確保するようにしてください。
育児と仕事の両立が必要な復帰後は、どうしてもストレスがたまりやすい時期です。ただでさえ頭脳を使う仕事をしているのですから、休む時間は意図的に確保しましょう。それは一人になる時間の中でもいいですし、家族と一緒にいる時間でも構いません。
メリハリのある生活はストレス軽減につながります。定期的に自分を甘やかし、モチベーションを爆上げして、長いキャリアを幸せに歩んでいってほしいなと思います。
取材・文/一本麻衣
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