2026年6月、Xにてとあるポストが編集部のアカウントのタイムラインに流れてきた。
世の中が「AIを使ってどう爆速でコードを書くか」という話題で持ちきりな中、あえてその裏側にある「運用」にソフトウエアの価値を見出す。組織論やキャリア論をテーマにしたnote の発信で注目を集める柳川慶太さんが提示するこの視点は、実に斬新で興味深い。
だが気になるのは、「人間の尊い営み」とは具体的に何を指しているのか。そしてなぜそれが、市場の期待が剥落してもソフトウェアが「死なない」と言い切れる強力な理由になるのか、という点だ。この短いテキストだけでは、その真意までは見えてこない。
そこで今回、このポストの裏側にある思いを、柳川さん本人に直接聞いた。すると見えてきたのは、これまで日が当たらなかった「運用」という仕事にこそ価値があり、それがAIに勝る理由だった。
柳川慶太さん(@gimupop )
1991年生まれ、神奈川県出身。横浜市立大学国際総合科学部卒業後、TIS株式会社に入社。クレジットカード基幹システムの開発に従事。その後、株式会社マイクロアドでのDSPシステム開発を経て、2017年7月にBASE株式会社に入社。入社後はショップコインや「YELL BANK」の開発を経た後に、19年よりプロダクトマネージャーへキャリアチェンジし「YELL BANK」のグロースに従事。並行して「BASEカード」や「PAY.JP YELL BANK」の開発を推進する。25年よりBASE BANK Department Managerとして同事業を統括。25年3月27日付で執行役員に就任
剥落したのは「期待」であって「価値」じゃない
このテーマを語る上で、まず最初に一つだけ言っておきたいことがあります。これから書くのは「AIに反対」とか「人間の温かみが大事」みたいな話じゃありません。
むしろ逆で、AIを前のめりに取り入れている人間として、それでも見落とされているものがある、という話です。
まず、今私がソフトウエアに対する市場の期待が冷えているのを一番ストレートに感じるのは、株価です。ソフトウエア企業のバリュエーションが、ここ最近ではっきり冷えた。
そもそもなぜ株価が伸びるかというと、「これからも伸び続ける」という期待が乗っていたからです。株価って期待に対してつくものなので、これまでみたいな伸び方が期待されにくくなれば、調整されるのは自然なんです。
そして、市場にあるお金は決まっているので取り合いが起こります。取り合いが起こる中で資金が集まらないのは、相対的に期待が剥落したからと言えるでしょう。
ただ、ここで勘違いしちゃいけないのは「調整されたのは“期待”であって、ソフトウエアのコアの価値そのものが毀損したわけじゃない」ということ。剥落したのは期待の側で、価値の側じゃない。この違いが、ここから先の全部に効いてきます。
続けることのコストから目を背けるな
少し前まで、「(ソフトウエアは)機能を追加して差別化するのが大事」という空気がありました。あれはなぜ成立していたかというと、出力が希少だったからなんです。
出力が希少な時代は、ざっくり「出力≒成果」で近似できた。良いものを作れば、それがそのまま価値になりやすかった。
でもAIで出力がほぼ無料になると、その近似が壊れます。「トークンを大量に消費した=価値を生んだ」では全然ない。
むしろ怖いのはここからで、生産が速くなるほど、運用はかえって重くなるんですよ。作ったコードは保守しないといけない。機能が増えればサポートも例外処理も増える。それを担う組織も要る。前工程だけ速くして、後工程が詰まる。
だから勝負の場が、フロー(今期どれだけ作ったか)から、ストック(何を積み上げたか)に移った。作った量で勝負するフェーズは終わって、積み上げたものの厚みで勝負するフェーズに入ったんです。元々、ストックはすごく大事でしたけどね。
そして、今「SaaSは死んだ」的な議論を見ていてもどかしいのは、「作る話」ばかりで「続ける話」がなかなか出てこないこと。「AIで爆速で作れる」「機能がどんどん出せる」そういう話は溢れています。でも、「じゃあ、それを誰がどうやって運用し続けるの?」が、すっぽり抜け落ちてる。
誰でも一度は経験があると思うんです。便利に使っていたサービスが、ある日いきなり終わる。
あれって、作るのをやめたわけじゃないんですよ。続けるのをやめた。続ける側にかかっていたコストが、外からはまったく見えていなかった、という話なんです。
「運用」という見えない営み
「裏側に人間がいる」と書いたのは、感傷じゃないんです。その理由は、具体的に三つあります。
一つ目は「コードの保守運用」。バグも負債もセキュリティーも、書いて終わりじゃない。むしろ書いてからが始まり。二つ目が「システムに収まらないオペレーション」。サポート、不正対応、入金や債権まわりの例外処理など。そして三つ目が、「それを担う組織を維持して、育てること」です。
で、この三層って、突き詰めると人間は同じループを回しています。トラブルを認知して、原因を切り分けて、ルールを決めて、運用に乗せる。次のトラブルが来たら、また回す。これを必死に、淡々と続けている。これが「営み」の中身です。
実はこれ、この記事を読んでくれている人もみんな、受け取っている側なんですよ。
例えば、ネットで買い物をしていて、不正利用が裏で止められていた、守られていた。気付かないうちに恩恵を受けているはずなんです。
あれって全部が自動で片づいているわけじゃなくて、裏で人が線引きをして、例外を捌いている。普段は存在に気付かない。でも、気付かれないないことが、ちゃんと回っている証拠でもあるんですよね。
この「続ける仕事」は、軽く見られているというより、そもそも見えていない。見えにくい。解像度高く語れる人が多くないし、当事者でも説明が難しい。だから評価の対象にすら上がってこない。軽視というより、知られていないに近いんです。
コンテキストウィンドウは、組織で「分担して」持つ
何年も続いているサービスって、それだけで裏に膨大な運用が積み上がっている証拠です。じゃあ、何が積み上がっているのか。
さっきのループ(認知して、切り分けて、ルール化して、運用に乗せる)を回した結果が、システムやオペレーションや組織に積み上がっていきます。ここで、AIのコンテキストウィンドウの話を持ち出したいんですけど、よくある「AIの窓がどんどん広がるから全部いける」という方向じゃないんです。むしろ逆。
AIには、扱えるコンテキストの量に限りがあります。これは人間も同じで、一人の頭で持てるコンテキストには限界がある。
そして、生きているサービスを支えるコンテキストって、その窓に収まりきらないくらい大きいんですよ。誰が何を言ったか、なぜこのルールがあるのか、あのときどうしてこの判断をしたのか、この顧客は何が地雷か……。膨大すぎて、一つの窓には入りきらない。
じゃあ、どうやって回しているのか。組織で、コンテキストウィンドウを分担して持っているんです。
一人一人が、自分の担当範囲の文脈を抱えて、それを繋いで、全体として一つの巨大な文脈を維持している。これが「続いている」ということの正体です。
だから、「AIがあるから全部どうにかなる」という発想は、正直、この営みへのリスペクトを欠いていると思うのです。AIはものすごく強力な道具です。でも、組織が分担して持っているこの巨大なコンテキストを、まるごと一つの窓に肩代わりできるわけじゃない。そこを軽く見ると、足元をすくわれます。
しかも面白いのが、分担と積み上げがうまくいくほど、その営みは見えなくなるんです。だから尊さに気付かれにくい。
でも、見えないだけで、ちゃんとそこにある。そして、分担して持たれているコンテキストは、市場のムードでは消えない。だから複利で効くんです。
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コードだけがソフトウエアじゃない
そして、これは運用の話だけでもないんです。
ユーザーが積み上がっていくこと、ブランドが育っていくこと、これらも全部、人が継続して手をかけた結果が、価値に変わって積み上がっている。コードも、運用も、ユーザーも、ブランドも、「継続して投資したものが資産に変わっている」という意味では地続きなんです。
僕はそこまで含めて「ソフトウエア」だと思っています。コードだけが切り出されて語られるのは、一番見えやすいキャッチーな部分だけが見ている、ということなんですよ。
会計を例にすると、分かりやすいかもしれません。最初に株価の話をしましたが、あれは結局、市場がソフトウエアをPL(損益計算書)や未来の価値予測、つまり「今期どれだけ稼いだか」「これからどれだけ伸びるか」で値づけしている、ということなんです。
でも、ここまで話してきた運用知も、ユーザーも、ブランドも、ぜんぶBS(貸借対照表)、つまり積み上がった資産の側に乗っていっている。何かにお金と人手を継続して投資し続けて、それが資産に変わっているのです。いわゆる会計のBSに数字として乗っかるものばかりではないと思いますが、考え方としてはわかりやすいと思います。
株価が映すのはPLの領域が多く、だから「剥落」と言われる。でも、BSは静かに積み上がり続けている。仕事の営みの結果が積み上がっているのです。それが事業活動です。
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だから、ソフトウエアは死なない
ここで一つ、想像してみてほしいことがあります。
AIが完璧なコードを書いて、それを誰も運用せずに1年放置したら、そのサービスってどうなると思いますか? まず、確実に死にます。コード自体は1行も劣化していないのに、です。ユーザーの獲得もできなければ、問い合わせもたまり、不正が起き続け、例外ケースが捌かれず、いつのまにか誰も使えなくなる。
これって、価値を生んでいたのはコードじゃなくて運用だった、ということなんですよね。逆に言えば、続いているサービスの裏には、積み上がった膨大なものがある。
市場の期待は、上がったり下がったりします。でも、続けるために積み上げてきたものは、そう簡単には消えない。だから、焦った人より、淡々と積み続けた人が最後に強い。
これは願望というより、構造の話として、割と確信に近いんです。
取り入れるものは入れる。土台は、焦らず積む
念のため言っておくと、僕はAIを取り入れることには、すごく前のめりです。基準はシンプルで、「アウトカムに資するものは全部取り入れる」。ここは迷わない。
分かりやすいのはAIコーディング。少し前なら数日かかっていた実装が、半日で形になる。手を動かす速さは、もう元には戻らない変化だと思っています。
ただし、速く作れる分、運用が追いつくかをセットで見る。作るのを速くしただけで満足すると、後ろが詰まりますから。
逆に、周りがどれだけ変わっても焦らず守るのは、さっき話した運用の三層への投資と、敬意です。一番危ないのは、「作る」だけ速くして、続ける側を後回しにすること。しかも厄介なのが、ここを削っても、最初は何も起きないんですよ。それが一番怖い。
効いてくるのは半年、一年後。問い合わせが捌けなくなって、負債が火を噴いて、詳しい人から抜けていく。そこで初めて「削っちゃいけなかった」と分かるけど、取り戻すのには何倍もかかる。
だから、保守の体制も、オペレーションの精度も、それを担うチームも、効率化は大事だけれどもなくなる身のじゃないことを肝に銘じる。正確に理解する。
「新しいものを取り入れること」と「ブレないこと」は、両立するんです。むしろ土台がブレないからこそ、新しいものを安心して入れられる、という順番なんですよ。
エンジニアの仕事は無駄じゃないし、なくならない
ソフトウエアって、建てて終わりの建物じゃない。人が住み続けるために、誰かが手を入れ続けている。その積み上げが、外からは見えない資産になっているのです。
今まで必要だった仕事がいきなりなくなるなら、それはそもそも必要なかった仕事なんだと思います。仕事自体がなくなるっていうのはそういうことです。考えてみれば当たり前ですよね。
市場の期待は、上がったり下がったりするものです。でも、続けるために積み上げてきたものは、市場のムードでは消えない。
だからこそ、取り入れるものは取り入れつつ、積み上げてきたものを、焦らず淡々と積み上げていくのが大切です。僕らの仕事は無駄ではありませんし、なくなりません。
世の中の急速な変化に不安になることもあると思います。その不安が健全なプレッシャーであればいいのですが、自分を押しつぶすプレッシャーになると面白くないです。積み上げてきたものは幻ではないです。自信を持ちながら、前を向いて進んでいきましょう。
文/柳川慶太 編集/今中康達(編集部)