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東大総長・藤井輝夫「AIに“達成感”まで明け渡すな」

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これまで人が学ぶとき、そこには少なからず時間と苦労が伴ってきた。しかし今、生成AIに問いかければ、知識も分析結果もアイデアも、瞬時に返ってくる。

答えにたどり着くまでの過程をAIがショートカットできる時代に、人はどう学び、成長していくのだろうか。

「AIをどう使うかよりも、AIで何をしないかを考えた方がいい」

そう語るのは、東京大学総長の藤井輝夫さんだ。AIの基礎研究から社会実装・事業化までを一気通貫で行う同大学の「Beyond AI研究推進機構」の初代機構長を務め、国立大学協会会長として日本の高等教育界の一翼を担っている。

AI研究の最前線と、人材育成の中枢。その双方に身を置く藤井さんは、AIにどこまでを任せ、何を人の側に残すべきだと考えているのか。

藤井さんの言葉から、AI時代における「人の学び」について考えてみよう。

※本記事は「PKSHA AI Summit 2026」で行われたセッション「AI社会における人の学び・育成の方法論」(登壇:東京大学総長・藤井輝夫さん、聞き手:TAZ Inc.代表取締役社長/ジーンクエスト創業者・高橋祥子さん)より一部を抜粋、編集して紹介しています。

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【話し手】
東京大学 総長
藤井輝夫さん

1993年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)、同生産技術研究所や理化学研究所での勤務を経て、2007年東京大学生産技術研究所教授、15年同所長。18年東京大学大学執行役・副学長、19年同理事・副学長(財務、社会連携・産学官協創担当)を務め、21年より同総長に就任(現在に至る)。その他、05年から07年まで文部科学省参与、07年から14年まで日仏国際共同研究ラボ(LIMMS)の共同ディレクター、17年から19年までCBMS(Chemical and Biological Microsystems Society)会長、21年から24年まで総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)、25年6月より国立大学協会会長。バングラデシュ・アジア女性大学より名誉博士号授与。専門分野は応用マイクロ流体システム、海中工学

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【聞き手】
TAZ Inc.代表取締役社長
ジーンクエスト 創業者
高橋祥子さん

2010年京都大学農学部卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻博士課程在籍中の13年に、ゲノム解析スタートアップの株式会社ジーンクエストを起業し、代表取締役社長就任。15年同博士課程修了。18年株式会社ユーグレナ執行役員就任。世界経済フォーラムYoung Global Leaders、Newsweek「世界が尊敬する日本人100」に選出等。現在は東北大学特任教授(客員)、文部科学省科学技術・学術審議会委員、東京大学経営協議会委員、東北大学ベンチャーパートナーズ社外取締役等も務める。著書『生命科学的思考』等

「AIをどう使うか」より「AIで何をしないか」

講演の冒頭、当日聞き手を務めた高橋祥子さんは、現代の教育現場が直面する切実な課題感を口にした。共同研究先の学生が、実験で得たデータを全てAIに入力し、出てきた分析内容をそのまま提示してくる姿を目の当たりにし、強い危機感を抱いたという。

だが、研究であれ仕事であれ、AIを使って作業を効率化すること自体は今や珍しいことではない。一体、どこからが「使いすぎ」なのだろうか。

藤井さんはAIとの向き合い方について、こう切り出した。

「私は、AIをどう使うかよりも、AIで何をしないかを考えた方がいいと思っています。『何かやり方がありますか?』とAIに直接答えを聞けば、複数のオプションが返ってくるでしょう。しかし、本来そうしたアイデアは、人間自身がちゃんと思い付き『これがいいのではないか』と考えるべきなのです」

人間自身がアイデアを思いつき、AIとの壁打ちで形にしていくべきだと熱弁する藤井総長

AIによって、答えにたどり着くまでの時間が短くなること自体が問題なのではない。問題は、自分はどう考えるのかという「学びの起点」までAIに渡してしまうことにある。つまり藤井さんが問題視しているのは、AIを使うことではない。AIを使う「順番」だ。

自分で考える前にAIに選択肢を出させれば、その後どれだけ吟味したとしても、思考の出発点そのものはAIがつくったことになる。逆に、自分なりの仮説を持ってからAIにぶつければ、AIは思考を奪う存在ではなく、広げる存在になる。

そのとき、AIは「答えをもらう相手」ではなくなるのだ。藤井さんは、人とAIとの理想的な関係を「対話相手」と表現する。

「学びにおいて大切なのは、未知なるものを知ろうとする姿勢です。ある課題に向き合ったとき、まずは自分なりの問いを持つこと。そして、その問いを他の人と共有し、やり取りをしながら解決に向かっていく。このプロセスを、私は『対話』と呼んでいます。

AIとの関係も、まさにそうあるべきです。ダイレクトに答えを聞いてしまうのではなく、『自分はこれがいいと思うけれど、あなたはどう思う?』と投げかけてみる。AIは正解を教えてもらう相手ではなく、あくまでも自分のアイデアを深めるための『対話相手』として使うのがいいと思っています」

人の役割は「答えなき領域」をデザインすること

AIが答えを出せる問題とは、そもそも「答えが存在する問題」に過ぎない。藤井さんは、気候変動やエネルギー問題など、現代の社会課題のほとんどには「正解がない」と指摘する。

「社会にあるほとんどの問題には、一つの答えがないんです。もちろん、サイエンスやテクノロジー、エンジニアリング、数学といったSTEMの領域では、明確な答えを出せることがあります。

でもそれは、社会に存在する大きな問題の中の、ある切り取られた一部分に過ぎません。その外側には、科学や技術だけでは答えを決められない領域が広がっています」

人類が解くべき課題の中には、STEAMの知識だけでは答えを見つけられないものが多くあると語る、東大総長・藤井さん

その一例として当日話題にあがったのが、聞き手の高橋さんが長く取り組んできたゲノム解析の研究だ。

「ゲノムを読み取れるか、遺伝子を編集できるか。そこまでは科学技術の力で『できる・できない』の答えを出すことができます。

ですが、その解析結果を本人にどこまで知らせるべきかには正解がありません。治療法も予防法もない病気のリスクを知りたいかどうかは、当事者によっても全く異なるからです。

技術を実際に社会へ実装するとなれば、『ユーザーは何を求めているのか』『人々はどこまで許容するのか』まで考えて、サービスをつくっていかなければなりません。そこに、決まった答えはないのです」

一人の専門家や高性能なAIが正解を提示し、それに従えば社会が良くなるわけではない。

私たちを取り巻く課題を解決するには、異なる立場の人がそれぞれの問いを持ち寄り、「何を実現したいのか」「何を許容するのか」を対話しながら形にしていくプロセスが不可欠になる。

藤井さんは、この「答えのない課題に対し、多様な知をコーディネートし、社会の中で具体的な形にしていくこと」を、広い意味での「デザイン」と捉えている。

「デザインというと、何かしらのビジュアルやプロダクトを思い浮かべるかもしれません。ただ、私がここで意図するデザインはより広義なものです。

未来の社会をつくっていくためには、政策や法制度、あるいは国際ルールなど、あらゆるものをデザインする必要があります。正解のない中で、様々な学問の知識を持ち寄り、それらが社会できちんと動くようにコーディネートして具現化していく。

そうやって主体的に価値を生み出していく力こそが、これからの時代には求められているのです」

東大総長・藤井さんが、主体的に価値を生み出していく力が重要になると力説している様子

AIに試行錯誤を「任せる」のではなく「加速させる」

では、答えの決まっていないものを形にしていく力は、どうすれば身に付くのだろうか。そのために必要な素養を、藤井さんは「クラフトマンシップ」という言葉で表現した。

「決まった正解がない以上、最初から『これが正しい』と決めて完成形をつくることはできません。だからこそ、実際に試して、その結果を見ながら何度も調整していくことが大切になります。

実際に使ってもらって、ユーザーがどう反応するのかを見る。そこで『ここは違った』『こうした方がいい』ということが分かれば、またチューニングしていく。

そうやって現実でのやりとりを繰り返しながら、より良いものにしていく。そういう能力が、ある種のクラフトマンシップとして必要なんだと思います」

最初に完成形を描き、その設計通りにつくれば終わるわけではない。つくる過程で得た発見によって、目指す形そのものも変わっていく。藤井さんは、そこにクラフトの特徴があると話す。

「クラフトというのは、デザインとプロセスが一体なんですよね。最初にデザインがあって、それを実現するだけではない。実際につくりながら、『ここはもう少しこうした方がいい』と調整していく。そのプロセスの中で、より良いものが出来上がっていくわけです」

クラフトマンシップについて詳細を解説する東大総長・藤井さんの様子

AIが力を発揮するのは、まさにこの試行錯誤のプロセスだ。

「AIを使えば、人間だけでは試し切れないような、たくさんのパターンを扱えるようになります。『こうしたらどうなるか』『別のやり方ならどうなるか』と、検討できる可能性を大きく広げることができる。

これからフィジカルAIが広がれば、現実世界にあるさまざまな条件やバリエーションも取り込みながら、さらに多くのパターンを試せるようになるでしょう。そういう意味で、AIはアクセラレーターなんです」

「学び」という営みからプロセスは切り離せない

AIによって、考えられる選択肢も、試せるパターンも飛躍的に増えていく。

だが、試行錯誤そのものまでAIが高速化してくれるようになったとき、人はそのプロセスのどこに関わり続けるべきなのだろうか。

藤井さんが最後に語ったのは、人が持つ「自分で何かを実現したい」という欲求だった。

「人には、『自分はこれを実現したい』『こんなことができたらいい』という思いがありますよね。自分で考えたことが実際に形になったときには、やっぱり喜びや達成感がある。

そこまで全部AIに任せてしまったら、自分のクリエイティビティーが実現したという感覚を得る機会もなくなってしまうかもしれません」

SNSで流れてきた見事なイラストに感動しても、それが「AIが生成したものだ」と知った瞬間にどこか心が冷めてしまう。

だが、完成したアウトプットだけを評価しているのであれば、それが人によるものかAIによるものかで、感じ方が変わるはずはない。私たちは結果だけでなく、そこに至るまでの人間の行為や「手触り感」を重んじているのだ。

「クラフトというのは、出来上がったものだけではなくて、そこに至るプロセスと切り離せないところがあるのだと思います。自分でやってみて、失敗して、少し変えて、またやってみる。その結果として、より良いものができたときに達成感が生まれるわけです」

東大総長・藤井さんが、人の学びにおける「達成感」の重要さを説いている様子

効率化を追い求めるあまり、泥臭いプロセスをAIに明け渡すことは、人間から「達成感」という最大の原動力を奪うことに他ならない。これは、次世代を育てる教育や、企業における人材育成においても決定的な意味を持つと藤井さんは語る。

「学生や従業員たち一人一人の、そうした達成感を大事にしてください。AIに直接答えを聞いてオプションを出させるのではなく、その手前で『まず自分が何を思いつくか』が重要です。

主体的に仕事に関わるからこそ達成感があり、もちろんときには失敗することもあるでしょう。ですが、その経験を繰り返していくことが、人が成長していく上では大事なんです」

答えまでの道のりがどれほど短くなっても、「自分が実現した」と感じられるプロセスを残すこと。それが、AI時代の学びにおいて、人が手放してはいけないものなのかもしれない。

文・編集/今中康達(編集部)

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