アイキャッチ

国内テック企業の“AI活用熱”はまやかし? 日米比較と現場の声から探る「変われないSIer」の苦悩と覚醒の条件

NEW!  ITニュース

2026年8月、BBCは「Why Japanese firms are being so slow to use AI(なぜ日本の企業はAIの活用にこれほど遅れているのか)」と題して、日本企業のAI活用の遅れを取り上げた。

記事では、リスクを避ける企業文化や意思決定の遅さ、セキュリティー上の制約、古いシステムの存在などが背景として挙げられている。海外メディアからの指摘は手厳しい。

とはいえ、この冷ややかな論調には微かながらも違和感がある。

国内のテック企業からは連日のようにAI活用のプレスリリースが打ち出され、SNSには識者やエンジニアによる実践的なノウハウが氾濫しているではないか。ことテック業界において、日本の最前線は決して周回遅れではないのでは……と、期待せずにはいられない。

しかし、その見立てに対し「海外と比べれば、テック業界でも本格的にAIを使えているのはまだ一部」だと現実を突きつけるのが、サンフランシスコを拠点に事業を展開し、日本の大手IT企業やスタートアップの事業開発支援を手掛けるbtrax CEOのブランドン・K・ヒルさんだ。

私たちが目にする国内のAIに対する勢いは、まやかしなのだろうか。グローバルの最前線と比較すると見えてくる、日本のテック業界に巣食う「構造的な違和感」の正体と、勝ち筋の条件を浮き彫りにしていこう。

プロフィール画像

Founder & CEO
btrax
Brandon K. Hillさん(@BrandonKHill

北海道生まれの日米ハーフ。サンフランシスコと東京のデザイン会社btrax代表。サンフランシスコ州立大学デザイン科卒。 サンフランシスコ市長アドバイザー、経済産業省 始動プログラム公式メンター。2025年9月、世界最大級のAIコミュニティ「The AI Collective」の日本代表に就任。ポッドキャストも運営

AI活用遅れの真犯人は、SIerを縛る二重の制約

ーーBBCの記事では日本企業のAI活用の遅ればかりが指摘されていますが、国内でもテック業界の企業ではむしろ進んでいるのではと感じます。業界を絞れば、十分AIが活用されているのでは?

確かに、日本でもテクノロジーに特化した個人事業主やスタートアップ、メガベンチャーの中には、AIをゴリゴリ使っている人たちがいますよね。DeNAの南場(智子)さんやGMOの熊谷(正寿)さんのように、経営者自身が先頭に立ってAI活用を推進している会社もあります。

南場智子「ますます“速さ”が命題に」DeNA AI Day2026全文書き起こし
南場智子「ますます“速さ”が命題に」DeNA AI Day2026全文書き起こし
GMO代表・熊谷正寿「2カ月で10万行コード書いた」トップ自ら“使ってなんぼ”を地で行く理由
GMO代表・熊谷正寿「2カ月で10万行コード書いた」トップ自ら“使ってなんぼ”を地で行く理由

ただ、海外と比べるとまだまだ少ない。「活用できている」と言える企業はごく一部だと思います。テック業界であっても、業種や企業規模、会社のステージによってかなり差がある印象ですね。

ーー会社によるということですね。テック業界でAI活用が進んでいないのは、どんな企業ですか?

それはもう、SIerですね。一番使いづらいビジネスモデルだと思います。

特に大手SIerが手掛けるのは、官公庁や金融機関のように機密性の高い案件とか、交通や物流、企業の基幹システムといった簡単には止められないシステムです。

少しの不具合で大きな影響が出るので、「とりあえずAIを使ってみよう」とはならない。安全性を担保するためには、どうしてもルールは厳しくなります。

しかも、自分たちの会社さえOKというわけでもない。クライアントのポリシーにも従わないといけませんから。

SIerにおけるAI活用が進まない理由について解説するブランドンさん

ーーSIerの場合、AI活用には二重のハードルがある、と。

ええ。僕は普段から、日本企業の支援や情報交換を通じてSIerのエンジニアと話すことが多いのですが、聞くところによると、SIer側のミスが原因で不具合が起きた場合には、SIerが責任を負う契約になっていることが多いそうです。

クライアントとの契約書に「AIツールが理由でミスすることがあります」なんてことも書けないようなので、法務としてはAIの利用条件をガチガチにせざるを得ないですよね。「AIだったんですみません」が通用しない世界だということでしょう。

ーースタートアップ企業などでは、単なるAI活用ではなくAIエージェント活用へと進んでいるのに、業種によってこんなにも状況が違うとは……。

SIerでAIエージェントを使うとなると、もっと話が複雑になるでしょうね。

作業によって使うLLMが異なったり、社内外のデータベースやサービスを接続して情報を取りにいったり、自動で処理を実行したり。縦横無尽に動かれると、「このLLMは使っていいのか」「このサービスにデータを渡していいのか」と、一つ一つ確認しなければならない……という話を耳にしたことがあります。

だから、単純な文書生成くらいなら使えても、AIを業務プロセス全体に組み込もうとした途端に難易度は一気に上がる。それも、「自社とクライアント、それぞれの利用許可を取るのは基本的に無理」という話のようですね。

大手SIerのエンジニアは、半ば諦めムード

ーーブランドンさんが関わっている日本のSIerで働くエンジニアは、こうした状況をどう感じていますか?

「自由にAIを使える企業が羨ましい」って言っていますね。「自分も使いたいけど、会社としてNGだから」って。

ニュースとかプレスリリースでは「(彼らの所属する会社は)生成AI活用を進めてます」という発表をよく出していますけど、僕が話を聞いた現場のエンジニアたちは、「全然進んでいない」「ちっとも使わせてくれない」と漏らしています。もはや諦めムードさえ感じますね。

ーーアメリカのエンジニアは、同じようなジレンマはないんですか?

アメリカの場合は、仕事で使うツールにクライアントは口出ししないっていう契約になってます。「自分たちのやり方でやります。その代わり、出したものにはちゃんと責任を持ちます」という感じですね。

もちろん、クライアントから指定があれば別ですよ。ただ、「AIを使ったか」「どのツールを使ったか」というプロセスの部分より、最終的な成果物で評価されます。

そこは、プロセスまでクライアントとの契約に縛られる日本のSIerとの大きな違いですね。

アメリカにおけるAI活用の契約に関して、日本とは異なり成果主義で締結が結ばれることについて解説するブランドンさん

顧客のAI活用を進めるほど、自分たちの首が絞まる

ーーSIerがAIを使いづらい事情が分かってきました。

本来であればSIerは、AIを使ったシステムを作ったり、AIを前提とした業務プロセスをクライアントに提案したりするべき存在だと思うんですけどね。

でも、それもなかなか進んでいない。その背景には、AI活用を進めるほど自分たちの首を絞めかねない、という悩みがあるのかもしれません。

ーーAI活用はどこの企業も取り組んでいきたいテーマですし、クライアントから感謝されるはずでは? なぜSIer自身の首を絞めるのでしょうか。

例えば、クライアントにAI活用を提案して、これまでより少ない人数で同じ仕事ができるようになったとします。

アメリカなら、その分チームを小さくして人件費を下げるという判断が比較的しやすい。でも日本では、AIで必要な人手が減ったからといって、正社員をすぐに減らせるわけではないですよね。

そうなると、企業は人員やコストを見直すために、外部に発注している仕事を減らそうとします。つまり、SIerがクライアントのAI活用を進めて生産性を上げれば上げるほど、自分たちへの発注が減る可能性があるんです。

「AIを提案した方がいい。でも、提案すると自分たちの仕事が減るかもしれない」そこに矛盾を抱えながら働いているという話も聞きます。

米国の広告業界は「トカゲのしっぽ切り」戦略

ーー「しがらみ」を抱えたSIerや大手企業がAI活用を促進する術はないのでしょうか。

一部のSIerや大手ITコンサルティング企業は、AIを前提に開発する「AIネイティブ」な会社を買収して、そこに任せるやり方を取っているようですね。

これなら、親会社の法務やコンプライアンス、既存の契約を全部変えなくても、その子会社のルールで進められますから。

ーー裏技みたいですね。

実はこれ、アメリカの広告業界の動きに似ているんですよ。

生成AIを使った画像制作や映像編集は、作業効率も良いしコストも抑えられる。一方で、クライアントや消費者によっては「AIで作った広告は嫌だ」という反応もあるので、大手の広告会社にとってはまだリスクもあるんですよね。

そこで、いきなり全面的にやるのではなく、生成AIを使ったクリエイティブに強い会社を買収したり、投資したりして、まずそこでやってみる。本体から少し離れた「サテライト」で試すような形です。

これなら何か問題が起きた時にも、影響は限定的。最悪、トカゲの尻尾を切ればいい。そういう経営判断をしている企業もあります。

アメリカの広告業界において、生成AI活用を進めるために子会社を設立する流れが生まれていることを明かすブランドンさん

日本特有の「同調圧力」が、AI普及のスイッチに

ーーですが、その方法だと結局のところSIerや大手企業の本体で働くエンジニアは何も変わらないですよね。

現時点ではそうですが、それがずっと続くとは言い切れないですよ。日本って興味深くて、絶対に変わらないと思っていたことでも、何か大きなきっかけがあると一瞬で変わったりするじゃないですか。

例えば、コロナの時のリモートワーク。それまでは「セキュリティー的に無理だ」「オフィスに来ないと仕事にならない」という文化だったのに、パンデミックになった瞬間、一気にリモートワークが広がりましたよね。

クラウドサービスだってそうです。以前は「社外のサービスにデータを置くのは危ない」と言われていたのに、導入する企業が増えて一般化すると、いつの間にか当たり前のものになりました。

ーー確かに言われてみれば……。その変化のスイッチは一体どこにあるのでしょう?

「みんながやっているから」という言い訳が立つようになることじゃないですかね。

一社だけで始めると、何かあった時に「自分で責任を取らなきゃいけない」と思って及び腰になる。でも、世の中の方針が変われば「うちだけじゃない」と言えるようになる。

「みんなでやる」となった時の日本の一体感はすごいですからね。

ーーそれは日本の「強み」ですか?

そうですね。アメリカの場合、会社によってビジョンや存在意義がかなり違うので、「他社がやっているからうちもやろう」とは必ずしもならないんですよ。

でも、日本は逆。「他所がやっている」となったら、一気にみんなやる。個性がないなんて言われるかもしれないですが、それは強みでもあると思います。

AIも、どこかで「使うのが当たり前」という空気に変われば、一気に普及する可能性はあるんじゃないでしょうか。

撮影/桑原美樹 編集/エンジニアtype編集部

エンジニアtypeが提供する「12種類のキャラタイプで分かる!エンジニアタイプ診断」へ誘導するバナー。コードの深淵を覗く「技術探求タイプ」など、ITエンジニアが自身の志向性や強みを客観的に自己分析し、キャリアパスや適した働き方を発見できるインタラクティブなWeb診断コンテンツへの導線を示す

Xをフォローしよう

この記事をシェア

RELATED関連記事

JOB BOARD編集部オススメ求人特集

RANKING人気記事ランキング





サイトマップ