生成AIの波が世界を飲み込み始めてから、エンジニアの仕事を取り巻く状況はかつてないほど短いサイクルで変容し続けている。日々新たなAIの可能性が議論され、1~2年の間に大型なモデルアップデートが訪れる。変化の激しい時代において、その瞬間だけに語られた言葉を盲信し続けるのはリスクを伴う。
そこで、過去複数回にわたってインタビューしてきた識者たちの「過去の予言」と「現在の考察」を照らし合わせてみたい。今回は、Rubyの父として知られるまつもとゆきひろさんと、メディアアーティストの落合陽一さんのインタビューをピックアップしよう。
【まつもとゆきひろ】11年前から普遍の警告
遡ること11年、2015年にまつもとゆきひろさんに「これからの時代に技術だけで生き残るには?」というテーマで取材を依頼した際、メールの返信の冒頭に記されていたのが次の一文だった。
「技術だけで生きるというのは幻想である」
当時はまだAIの波が訪れる前だったが、まつもとさんはインタビュー内でその言葉の意図を次のように語っていた。
2015年インタビューより(出典)
マネジメントの方へ行かないからといって「技術だけで」生きているかというと、必ずしもそうではない。設計するためには使う人が何を求めているか把握する必要があるし、効率よく問題解決する方法を考えられる必要もある。
エンジニアとして成果を出すためには周りの信頼を得ないといけない。もちろん「Javaのこのプログラムについては何も見なくても書けます!」という風に技術によって信頼を得ることもありますが、それだけで成り立っているわけではない。
分からないことがあったら調べるための能力だったり、誰かに相談するためのコネクションだったりがあることも信頼につながりますし、普段から勉強して得た知識量や、痛い目に遭った経験が重宝されることもあるかもしれない。そのどれをとっても、単純に技術とはいえないですよね?
続けてまつもとさんは、モノづくりに直接関わる形で生き残るための素養として、以下の3点を挙げた。
・自分が作ったモノがどんな影響を与えるかを想像できる力
・新しいことを学んで自分で問題を解決する力
・コンピュータサイエンスに関する体系的で基礎的な知識
先の指摘と三つの素養、そのいずれも、現代で叫ばれているエンジニアの生存戦略と一致することに驚かされる。
そして2025年、生成AIの波が押し寄せる中で「技術力」の本質について問われたまつもとさんは、この持論をさらに進化させて語った。
2025年インタビューより(出典)
「技術力」の本質は、AIの登場以前から何も変わっていないと考えています。
例えば、コンピューターが誕生した当時のプログラマーたちは、プログラムを紙に書き、それを数字に変換して、物理的なスイッチでコンピューターに入力していました。彼らにとっての「技術力」には、機械語やアセンブリ命令を正確に扱う記憶力や、複雑な操作手順を的確に実行する力も含まれていたはずです。
(中略)
特定のスキルは、ツールの進化と共に淘汰される宿命にあります。しかし、「何を解決すべきかを考え抜き、その解決に向けて技術を使いこなす力」は、どれだけ技術が進化しても求められ続けるものだと思います。
技術史の大きな振り子を間近で見つめてきたまつもとさんだからこそ、その視界は至って冷静だ。「特定のスキルが淘汰されること」は歴史の必然であり、本質は「課題解決のために技術をどう使いこなすか」にあるという指摘だ。
そして、その思考は2026年に行われたイベントでも一切ブレることなく、さらに「エンジニアとしてのマインドセット」という実践的な領域へと展開された。
2026年イベントより(出典)
仕事の性質の変化は避けられません。なので、それに対して「抵抗勢力」にならないことが大切です。大昔の技術が現代では使われていないように、今多くのエンジニアが持っているスキルも、有効なものとそうでないものに分かれるでしょう。
そうなったときでも、自分のキャリアが無駄になったと考えるのではなく、活用できるものをどんどん伸ばしていこうという柔軟な受け止め方ができるといいですね。
過去の成功体験や手に入れたスキルに固執し、時代の変化に抗う抵抗勢力になってはならない。まつもとさんの言葉を追うと、「人間とテクノロジーの関係性そのものをどう再定義するか」という本質的な問いにたどり着く。この問いに対するヒントとして、最後に暦本純一さんの言葉を紹介したい。
2026年、18年半におよぶ東京大学での教員生活の最終講義で、暦本さんは次のように語った。
コンピュータ側はこれほどマルチタスクなのに、人間が直接いじる操作は本質的にシングルタスクです。つまり、凄まじい処理能力を持つマシンの前で、人間が最大のボトルネックになっているんです。この不自然さを超える段階に、ようやく来ているのだと思います。
(中略)
「現在の自然」を疑い、「未来の自然」を提示すること。それこそが、技術者の仕事です。後から見れば「その手があったか」と驚かれるけれど、言われてみれば当然だと思えるブレークスルー。その機微に気付く感覚こそが、何よりも大切なのです。
「未来はすでにここにある」暦本純一が最終講義で語った、これから10年の技術者の仕事
人間がボトルネックとなっている不自然な状態から解放された先にこそ、エンジニアの本当の仕事が始まる。では、その解放された世界で、人間はどのような「意志」を持って技術と向き合うべきなのだろうか。
【落合陽一】2026年代替予想の答え合わせ
2024年、編集部に対して落合陽一さんが語ったのは、「人間とエンジニアリングの価値がどこへシフトしていくのか」というテーマだった。当時のインタビューで落合さんは、2026年を見据えて次のように予測していた。
2024年インタビューより(出典)
知的作業のほとんどは2026年の頭までにはほぼAIに置き換わるでしょう。
「考える仕事」の量が圧倒的に減り、AIが作業をするために必要な条件を整える「環境構築」が主な人間の仕事になるはずです。
(中略)
最も置き換えられやすいのは「人対データ」の仕事です。データを直接いじるタイプの仕事は、生成AIの得意ジャンルの一つだからです。このタイプの仕事の代表格は、ソフトウエアエンジニア。この職業でこれから生き残るためには、コードを書くよりも高度な技術が求められるでしょう。
当時語られた内容はは、「コードを書いてソフトウエアを作る」という作業者に対する強烈な警告だった。
落合さんがその言葉を残してから2年、まさに予言通りといえる状況をわれわれは目撃している。特にエンジニアリングの領域におけるバイブコーディングやエージェンティックコーディングの普及の目覚ましさは、エンジニア読者が一番身に染みて感じているところではないだろうか。
そして、予言の年として挙げられていた2026年。落合さんは、7月に実施した取材で「想像できる未来は全て起こったし、起こると言ってもいい」と口にした上で、議論をさらに先へと展開させた。
2026年インタビューより(出典)
この先さらに大きな変化を引き起こしそうなのが、「自動研究」の領域です。特にコンピュータサイエンスにまつわる研究が自動化されれば、新しいLLMが誕生するスピードも一気に上がるでしょう。
ですが、優秀なモデルが安く出回るほど、僕らの生活は便利になる反面、AIに代替される仕事はますます増えます。今まで見過ごされていた未知の問題もどんどん増えることになるはずです。
さらなる代替が進むという不穏な言葉。この急速な変化に対し、われわれはどう立ち向かえばよいのか。
実は落合さんは、2年前の時点で既にその明確な解を示していた。それが「意志」と「モチベーション」の有無だ。
機械に代替されにくい人材も居ます。それは「もっとこうしたい」という意志を持つ人間で、私はそういう人たちのことを「クリエイティブ・クラス」と呼んでいます。例えば、映画監督や建築家、会社のCEO、アーティストなどです。
一言で言うと「創造的専門性を持った知的労働者」です。彼らはAIには無くて人間にだけある「モチベーション」を持っています。
(中略)
私は仕事柄さまざまな学生や社会人と関わってきましたが、「この世界で誰もやったことが無いことに対する好奇心」を持ち続けられる人の数は、かなり少ない印象です。僕自身は永遠にやりたいことがあって、好奇心が尽きないのですが。
僕も含めて「もっとこうしたい」だけを仕事にしている人は、AIに仕事を奪われることは無いと思います。
落合陽一「2026年にはほとんどの知的作業がAIに置き換わる」人間に残される仕事は“とげ作り”
「意志を持つことが重要」という解釈は、AIがロジカルシンキングすら軽々とこなすようになったことでより切実的なメッセージとなった。AIという存在への曖昧な不安に苛まれるエンジニアにとって、落合さんが一貫して訴え続けているのは実にシンプルなようだ。
実はつい最近、近しい「本質」を指摘した人物がいる。東京大学総長の藤井輝夫さんだ。
AIによって、考えられる選択肢も、試せるパターンも飛躍的に増えていく中で、試行錯誤そのものまでAIが高速化してくれるようになったとき、人はそのプロセスのどこに関わり続けるべきなのか。その問いに、
だが、試行錯誤そのものまでAIが高速化してくれるようになったとき、人はそのプロセスのどこに関わり続けるべきなのだろうか。
その問いに対して、藤井さんは2026年9月に行われたイベントで次のように応えた。
人には、「自分はこれを実現したい」「こんなことができたらいい」という思いがありますよね。自分で考えたことが実際に形になったときには、やっぱり喜びや達成感がある。
そこまで全部AIに任せてしまったら、自分のクリエイティビティーが実現したという感覚を得る機会もなくなってしまうかもしれません。
(中略)
クラフトというのは、出来上がったものだけではなくて、そこに至るプロセスと切り離せないところがあるのだと思います。自分でやってみて、失敗して、少し変えて、またやってみる。その結果として、より良いものができたときに達成感が生まれるわけです。
東大総長・藤井輝夫「AIに“達成感”まで明け渡すな」
先端技術の最前線を走るメディアアーティストと、日本の最高学府を率いるトップ。異なるフィールドに立つ両者だが、見つめている真理は重なっている。
時代を牽引する識者たちが口を揃えて示しているのは、どれほど強力なAIが登場しようとも、目の前の当たり前を疑い、自らの意志と直感で未来を手繰り寄せようとする情熱——それこそが、いつの時代も変わらないエンジニアのコアであるという真実だった。
効率化や最適化だけを追い求めれば、AIが人間の仕事を代替する速度は増すばかりだろう。しかし、試行錯誤のプロセスそのものを楽しみ、「こうしたい」という意志を持って手を動かすことにこそ、人間固有のクリエイティビティーと喜びが宿るのだ。