例えばAIにコードを書かせれば、一見完璧なロジックが瞬時に出てきますよね。でも、それが1秒間に数万回呼ばれるメソッドだった場合、その内部で行われているメモリ確保の頻度や、コネクションの占有時間にまでAIが配慮しきれているとは限りません。抽象化されたレイヤーの上だけを見ていると、その「重さ」に気付けないわけです。
DeNA1人目のエンジニアが語るMobage1日50億アクセスの死闘と、AI時代に「構造」を握る重要性
無限に続くエンジニアのAI代替論争の現在地。識者の言葉から考察する「人の手に残された力」とは
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「エンジニアはAIに代替されるのか」
そんな議論が過熱して久しい。瞬時に高度なロジックが吐き出され、プログラミングの参入障壁が劇的に下がった今、現場には大いなる期待に紛れて、どこか底冷えするような焦燥感が漂う。
しかし、この論争はすでに「職を奪われるか否か」という二項対立のフェーズを過ぎ去っているのではないだろうか。
今回、エンジニアtype編集部では、技術の最前線で組織やプロダクトを駆動させてきた、あるいはプログラミングの歴史そのものを紡いできた識者たちの言葉を考察。不毛に見えたAI代替論争の「現在地」と、AI時代だからこそ人間のエンジニアの手に残された真の力の正体を探っていきたい。
課題視される「レビューの負担」から考える生存戦略
プログラミングの手法が変わりゆく中で、エンジニアの日常業務そのものが大きな変容を迫られている。
Rubyの生みの親であるまつもとゆきひろさんは以前より「今まではコードを書くことが活動の中心だったエンジニアも、これからは『コードを読むこと』がより一層求められるようになる」と予測していたが、事実、開発工程における「レビュー」の負担増加を指摘する声がSNSでも目立つようになっている。
かつて『Mobage(モバゲー)』の1日50億アクセスという壮絶な負荷と戦い、現在はfreeeのCISOを務める茂岩祐樹さんもまた「AIは『動くもの』を簡単に吐き出してくれますが、それが本当に数億のアクセスに耐えうる『動き続けるもの』かどうかを判断できるのは、依然として人間だけです」と断言する。
パケットの往復やメモリの挙動を、頭の中でシミュレーションできる解像度。それを失ったとき、人間のエンジニアは真の意味でAIに代替されるのかもしれない。「AIという新しい道具を使いこなしつつ、自分の中に『語れる領域(構造の理解)』を複数持っておくことが、AI時代の決定的な生存戦略になる」というのが、茂岩さんの見解だ。
「コードを書く」という言葉を再定義する
かつては「一生コードを書き続けたい」と夢を語るエンジニアが少なくなかった。しかし、今はどうだろうか。コーディングの役割はAIに移り、人間の手元に残されたのは「判断」だけのように思えてしまう。
LINEヤフーのCTO・朴イビンさんは、約7年前のインタビューでは現場志向のエンジニアに寄り添っていた。そして、今もなお「コードを書き続ける」というエンジニアの根源的な欲望を尊重する姿勢を見せる。
一方で、「コードを書く」という言葉が指す意味は、この数年で着実に変化していると語る。
前提として、「コードを書く」というのは、単に「コーディングをする」ことだけを指す言葉ではないと考えています。現場に立ち続け、技術をリードしていく。それも「コードを書く」ことに含まれているんです。
今やコーディングは、AIが最も得意とする領域になりました。ですが、「世の中に価値ある成果を届ける」という目的は、今も昔も変わらないはずです。
つまり、「コードを書く」という行為は、キーボードを叩く手作業から、システム全体を最速で駆動させるための意思決定へとその定義を書き換えつつある。朴さんが提示したのは、単なる代替への恐怖ではなく、エンジニアが背負うべき責任と職能の拡張なのだ。AIが出力した設計やコードを評価し、品質を担保する最終責任は人間に残されるという見解は、まつもとさんや茂岩さんの主張とも通ずるものがある。
そう考えると、開発の文脈だけを追いかける時代はもう終わったのかもしれない。企画段階から要件を構造化し、組織のボトルネックを解消することまでもが、これからのエンジニアの「現場」だと言えそうだ。
「欲望」こそが人間の聖域
ここで改めて、効率化の波が全てを飲み込んだ先で、エンジニアの本質的な存在価値がどこへ向かうのか考えてみたい。
今年2月、18年半におよぶ東京大学での教員生活に幕を下ろした暦本純一さんは、現代のAIとのやり取り(チャットUI)を、かつてのコマンドライン時代への「先祖返り」と表現している。
マルチタスクをこなすAIと、基本的にはシングルタスクとなる人間の直接操作。暦本さんは「凄まじい処理能力を持つマシンの前で、人間が最大のボトルネックになっている」と課題を提起している。
しかし、暦本さんが見据えるのは、人間を排除する「全自動」の未来ではない。「人間には『自分でお点前ができる』『ピアノが弾ける』という、自ら成し遂げることへの根源的な喜びがあるはず」と語り、「自己効力感(エフィカシー)」こそが人間の能力や主体性を増幅させると解説した。
その起点は、常に人間側の「身体性」と「欲望」だろう。まつもとさんも同様に、AIが踏み込めない領域として、この「欲望」を挙げる。
AIには欲求や欲望、身体性がありません。「お腹が空いた」「退屈だ」と思わないので、課題解決のきっかけをAI自身が自発的に作ることはできないんです。だからこそ、世の中の不便さや不満に対して敏感になること。人間が感じている不満をどう解消するか考えることは、人間にしかできない貴重な活動です。
AI時代、技術の壁は消え「心理の壁」が残る。まつもとゆきひろが40年コードを書き続けて見つけた“欲望”の価値どれほど高度なコードが数秒で生成されようと、「何を作りたいか」「誰のどんな不満を解消したいか」という問いを発する身体と情熱、そして欲望は、AIの中には存在しない。
「エンジニアはAIに代替されるのか」
繰り返されてきたこの論争の現在地は、もはや「奪うか・奪われるか」という単純な対立軸にはないのだろう。手がけたコードの行数や、定型的な実装作業のスピードを誇る時代が過ぎ去ろうとしていることは否定できない。しかし、それはエンジニアの終焉には直結しないのだ。
AIという強力なパートナーを得た今、人間の手に残されたもの。それが「構造を見抜く解像度」、「不自然さを疑う意識」、そして何より「欲望」だ。
「『今のやり方が唯一の正解だ』と言い切れる人は、世界中に一人もいません」と朴さんは言う。だからこそ「できない理由」を探すのをやめ、テクノロジーを自らの身体の一部として拡張しながら、新たな価値を追い求めることからは逃れてはならない。
AI代替論争の先に立っているのは、作業者から解き放たれ、より高次な「価値の創造者」へと進化を遂げたエンジニアたちの姿であってほしいと、尊敬の念を込めて願うばかりだ。
文/エンジニアtype編集部
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