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「給与が3分の1になっても経産省へ」津田通隆はなぜ、あえてその道を選んだのか

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「給与が約3分の1になっても、経済産業省に入りたかった」

そう語るのは、20代で経産省の『デジタル経済レポート』の執筆を主導し、2026年8月にはForbes JAPAN「30 UNDER 30」に選出された津田通隆さんだ。

学生時代にエストニアで起業し、民間企業を経て経産省へ。そして26年8月には経産省を退官し、再び起業の道を選んでいる。

その経歴だけを見ると、かなり異色だ。しかも、経産省への入省によって給与が大幅に下がったことも、本人は「あまり気にしていなかった」という。

なぜ、そんな決断ができたのか。

話を聞いていくと、仕事やキャリアに対する独特の考え方だけでなく、挑戦を続ける意外な原動力も見えてきた。

プロフィール画像

独立行政法人情報処理推進機構 AI&データアーキテクチャ戦略室長
Open Data Spaces Chief Architect(最高設計責任者)
津田通隆さん(@MichitakaTsuda)

1997年、奈良県生まれ。大阪大学卒業。在学中にエストニア共和国タリン工科大学へ留学し、金融領域のソフトウェア事業を起業。CEO/CTOを務める。三菱商事/エムシーデジタル(現MCD3)を経て、2023年に経済産業省へ入省。ドローン航路政策やAI・データ政策に携わるほか、『デジタル経済レポート』のプロジェクトリーダーとして執筆を主導。情報処理推進機構では『Open Data Spaces』のChief Architect(最高設計責任者)を務める。26年、Forbes JAPAN「30 UNDER 30」にScience & Technology部門で選出。同年8月に経産省を退官し、AI時代のコンテキスト基盤技術を手掛けるテックスタートアップを創業

給与大幅減でも、経産省を選んだ理由

――津田さんは学生時代にエストニアで起業し、その後は民間企業で働いていたそうですね。そこから経産省に入るのは、エンジニアとしては珍しいキャリアに見えます。

そうかもしれませんね。ただ、私自身はかなり合理的な選択だったと思っています。

――どういうことでしょうか?

経産省は、自分の希少性が最も高くなる場所だと考えたからです。

例えば、総合商社やIB(投資銀行)には、私のような能力を持っている人がそれなりにいると思います。でも、自分で起業してソフトウエアを開発し、ビジネスまで経験してきた人材は、中央官庁にはほとんどいません。

同じ能力を持っていても、それをどこで発揮するかによって、自分の価値は変わります。金融の世界でいう「アービトラージ」の考え方に近いですね。

大幅な給与減を飲んでまで経産省への入省を決めた背景について、津田さんは「個人的には合理的な判断だった」と振り返る

――なるほど。ただ、経産省に入ったことで給与が以前の約3分の1になったそうですね。いくら自分の強みを生かせる環境でも、そこまで収入が減ることに迷いはなかったのでしょうか?

そこはあまり気にしていませんでした。

私は昔から「人生をバランスシートで経営する」という考え方を大切にしています。自分の人生を一つの事業体として捉えた時に、今どれだけのお金が入ってくるかということだけが重要ではないんです。

どんな経験を積めるのか。どんなスキルが身に付くのか。どんな人と出会えるのか。そして、それらが将来どれだけの価値を生み出すのか。

そういう自分自身の無形資産を増やすことの方が、当時の私にとっては大切でした。

――目先の給与より、将来の自分の価値を高めることを優先したわけですね。とはいえ、経産省以外にも選択肢はあったのでは?

もちろんです。実際、最初から経産省だけを考えていたわけではありません。就職先を選ぶ際には、四つの判断基準を設けていました。

「自分がどれだけ成長できるか」
「その組織のカルチャーが自分に合っているか」
「自分と競合する人材がどれくらいいるか」
「社会にどれだけ大きなインパクトを与えられるか」

これらを掛け合わせて考えると、戦略コンサルティングファームや外資系IB、総合商社、中央官庁などが候補に残りました。その中でも経産省は、これまで培ってきた技術とビジネスの知識を生かせて、かつ自分にとって未知の経験を積める環境だったんです。

だから、たとえ収入が減ったとしても、自分という人材の価値を長い目で見れば、十分に合理的な選択だと思いました。

優れたプロダクトを作るだけでは、世界で勝てない

――とはいえ、エンジニアとしての経験を生かすなら、民間企業でも選択肢はあったはずです。そもそも、なぜ政策に関わる仕事をしたいと思ったのでしょうか?

エストニアでソフトウエア事業を起業した経験が大きいですね。そこで、日本のソフトウエア産業が抱える構造的な課題を感じたんです。

津田さんはエストニアでソフトウエア事業を起業した際、日本のソフトウエア産業が抱える構造的な課題を痛感したという。

ーーどんな課題ですか?

エストニアは人口が少ないので、国内市場だけでソフトウエアビジネスを成立させるのが難しい。だから、スタートアップは最初からイギリスやアメリカなど、海外市場で戦うことを前提にしているんです。

一方、日本は国内市場がそれなりに大きい。国内だけでも事業が成立してしまうので、最初から海外に出ていこうという動機が生まれにくいんですよね。

ただ私は、ビジネスでは「市場が全て」だと考えています。どれだけ優れたプロダクトを作っても、戦う市場が小さければ、事業の成長には限界がある。

では、日本から世界で戦えるソフトウエア企業を生み出すには、どうすればいいのか。

そう考えた時に、個別の企業でプロダクトを作るだけでなく、日本の市場環境そのものを変える仕事に取り組んでみたいと思ったんです。

――エストニアでの起業経験が、日本の産業政策に目を向けるきっかけになったんですね。

そうですね。それに、当時手掛けていた事業についても、少し思うところがありました。

投資家向けの取引ツールなどを提供していたんですが、突き詰めると「お金持ちをさらに勝たせる」ためのビジネスなんですよね。

自分たちのツールを使って投資家に利益を出してもらい、そこから収益を得る。もちろん事業としては成立するんですけど、「これってあまり実体経済に影響を与えていないな」と思うようになって。

だったら、もっと産業や社会の仕組みそのものに働きかける仕事がしたいな、と。

「こいつにこんなことをさせたらもったいない」と思わせる

ーー実際に経産省では、どんな仕事を任されたのでしょうか?

最初に大きく携わったのが、ドローン航路のプロジェクトです。

当時は、ドローンを点検や物流などに活用する動きが広がりつつあった時期。複数の事業者が安全に飛行できるような、共通の航路を整備する議論がされていました。私に課されたのは、その構想を1年ほどで商用実装まで持っていくというミッションです。

既存のドローン運航管理システムを調べて、必要な技術を検討し、システムのアーキテクチャを設計する。実際にオープンソースのソフトウエアとして実装するところまで携わりました。

ただ、技術的に実現できても、それだけでは民間事業として成り立ちません。

経産省で最初に手がけた大きなプロジェクトを振り返る津田さんの様子。入省間もない時期にも関わらず、ドローン航路のプロジェクトを主導した。

ーー技術をつくるだけでなく、事業として成立させるところまで考える必要があった。

ええ。例えば、山間部へのドローン物流を考えた時、普通の荷物を運ぶだけでは、なかなか採算が合いません。ドローンは積載量が限られますし、運べる量に対してコストが高いからです。

そこで考えたのが、医薬品の配送です。

山間部に住む高齢者など、定期的に薬を必要とする人に対して、オンライン診療やオンライン服薬指導と組み合わせて薬を届ける。医薬品は比較的軽量で、継続的な配送需要も見込めます。

ただ、それだけでも収益性には課題がありました。そのため、薬を届けた後の帰り道も活用できないかと考えたんです。

例えば、復路で河川を撮影して、点検に使うデータを取得する。河川管理には定期的な巡視・点検の需要がありますから、そこで得たデータにも価値が生まれます。

医薬品の配送と河川巡視・点検を組み合わせれば、ドローンを往復ともに活用でき、採算が合う可能性が出てくるわけです。

――なるほど。行きは薬を運び、帰りは河川の点検データを集める。技術だけでなく、使い方を工夫することで事業としての可能性が広がるんですね。

そうですね。国が予算を付けて実証実験を行うだけでは、継続的な事業にはなりません。

だから、現地にも足を運びましたし、自治体や民間企業、関係省庁との調整も行いました。ドローンを飛ばすための制度上の課題があれば、そこも解決しなければいけません。

技術を設計して、ビジネスモデルを考えて、必要なら政策や制度の面からも働きかける。そういう意味では、起業家としての経験も、エンジニアとしての経験も、すごく生きた仕事だったと思います。

ーーエンジニアとして入省して、そこまで幅広い仕事を任されるのは珍しい気もします。最初から大きな裁量があったのでしょうか?

私の場合は、もともと起業やソフトウエア開発の経験があったので、新卒入省ではありましたが、実質的には中途採用に近いような役割を任せてもらえたんです。

ただ、だからといって最初から何でも任せてもらえるわけではありません。そこで意識していたのが、上司の仕事をひたすら奪いにいくことでした。

経産省時代は、とにかく上司の仕事を奪いにいくことで「津田にはもっと大きな仕事を任せるべきだ」と思わせるように仕向けていった。

――上司の仕事を奪う、ですか。

自分から任せられた以上の仕事を引き受け、成果を出す。それを繰り返すことで信頼を得て、もっと大きな仕事を任せてもらえるようにするんです。

目指していたのは、上司に「こいつにこんなことをさせていたらもったいない」と思わせること。そのためにも、最初に任された仕事で結果を出すことには、徹底的にこだわっていました。

原動力は、自分の「傲慢さ」

――給与を大きく下げて経産省に飛び込み、今度は上司の仕事まで奪いにいく。そこまで自分を駆り立てるものは何なのでしょうか?

これは、かなりパーソナルな問題かもしれませんね。

最近、妻に言われて面白いなと思ったことがあるんですけど、私は自分自身を、すごく傲慢な人間だと思っているんです。

――傲慢、というと?

基本的に「自分なら何でもできる」と思っている節があるんですよね(笑)

そして、昔から「率先垂範」という言葉を大事にしてきました。人に偉そうなことを言うのであれば、自分がやってみろよという考え方です。

この二つが結び付くと、「何でもできると思っているんだから、実際に何でもできなければいけない」となる。

だから、自分が言ったことを実現できなければ、自分の自尊心が保てない。

自分の尊厳を守るために、ものすごく難しいことにも挑戦し続ける。ある意味、自分を守るための防衛機能として、そういうモチベーションを作っているところがあります。

――好奇心や使命感だけではなく、自分のプライドを守るためでもあるんですね。

そうですね。ただ、これは自分の性格なので、簡単には変えられない。だったら、その性格をどうやってうまく利用するかを考えた方がいいですよね。

私の場合は、あえて大きなミッションを掲げて、それを実現できなければ自尊心が傷つくような状態を作ることが、一番うまく機能していると思います。

津田さんは自身のセルフモチベートに関して「あえて大きなミッションを掲げて、それを実現できなければ自尊心が傷つくような状態を作ることが、一番うまく機能している」と語る。

――自分の性格を理解した上で、あえてそういう環境に追い込むと。

重要なのは、自分自身をメタ認知することです。

先ほど「人生をバランスシートで経営する」と言いましたが、自分のスキルや経験だけでなく、性格やモチベーションの源泉も、自分という資本の一部なんですよ。

そして、その資本には必ず癖がある。私は傲慢さや気高くありたい気持ちをうまく原動力として使っていますが、もちろん人によって合うやり方は違うと思います。

キャリアの長期設計は「暖色か寒色か」程度でいい

――これまでのお話を聞くと、かなり戦略的にキャリアを築いてきた印象です。将来についても、綿密に計画を立てているのでしょうか?

いや、実は長期的なことは、かなりぼんやりとしか考えていないんですよ。イメージで言うと「暖色なのか、寒色なのか」くらいしか決めていません。

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撮影/赤松洋太 取材・文/今中康達(編集部)

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